"帰れなかった15歳" 第14話
自分が帰れなかった23を、誰かを責めることだけに使いたくなかったからだ。
ただ1つだけ、亜精密業には美津子から申し入れをした。
古い採用記録に残されていた、
《本都により辞退》
という文字を訂正してほしい。
会社側は調査をった。
すでに当の責任者のくは退職していたが、残された資料と証言から、佐子が自ら就職を放棄したのではないことが確認された。
数か。
しい記録には、こう記された。
《野駅到着、同女の異常な移送を確認するため集所を脱。その、所となる。本都による辞退との旧記録は誤り》
わずか数だった。
23を取り戻せる文章ではない。
それでも美津子は、そのの写しをトヨへ渡した。
トヨはく眺めた、静かに言った。
「これで、あの子は逃げたんじゃないって残るんだね」
それだけでよかった。
昭353。
15歳の佐子は、族へ仕送りをするため京へ向かった。
けれど野駅で、怯える1の女を見つけた。
自分が仕事を失うかもしれない。
会社に叱られるかもしれない。
京できをなくすかもしれない。
それでも彼女は、そのをさなかった。
その結果、佐子自が23、故郷へ帰れなくなった。
しかし23。
佐子を再び族のもとへ導いたのもまた、あの彼女がをさなかった女だった。
広告
翌の3。
トヨはいつものように握り飯を3つ作った。
ただし、もう卓へ置いたまま待つことはなかった。
「佐子、できたよ」
台所から声を掛ける。
「今く」
隣の部から娘の返事がする。
トヨはの皮をき、2分の茶を入れた。
佐子が座り、握り飯を1つに取る。
「また梅干し?」
「嫌ならべなくていいよ」
「べるよ」
かじる。
しばらくして佐子は眉をしかめた。
「やっぱりしょっぱい」
「文句ばっかりだね」
「23から言ってるでしょう」
トヨは笑った。
窓のでは解けのが軒から落ちている。
いが終わり、黒いのからさなの芽が始めていた。
23の朝と同じだった。
けれど今度は、列の汽笛を聞いても、トヨが誰かを追いかけてる必はなかった。
待ち続けた娘は、もう目のにいる。
佐子は2つ目の握り飯へを伸ばしながら、ふと母を見た。
「母ちゃん」
「何だい」
ほんのし照れたように笑う。
「ただいま」
トヨはすぐには答えなかった。
23、ので何千回も待ち続けた言葉だった。
やがて目尻の涙を指で拭い、いつもの調子で答えた。
「遅かったね」
そしてしを置いて、もう度言った。
「おかえり、佐子」
のが、2のいるさな卓を静かに照らしていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
最後の迷子放送
昭和49年、地方都市の駅前にある丸光百貨店では、毎月第1日曜日の午後3時になると、決まって同じ迷子放送が流れていた。 「京ちゃん。京ちゃん。お母さまが1階案内所でお待ちです」 しかし、その名前を呼ばれても、子どもが現れることは一度もなかった。案内所で働き始めたばかりの中村恵子は、不思議に思いながらも、毎月やって来る小柄な婦人の頼みを見つめ続ける。 なぜ彼女は、何年も同じ名前を呼び続けるのか。 そして、放送が最後になると告げられた日、ずっと現れなかった「京ちゃん」が、ついに百貨店へ戻ってくる――。昭和1.6萬字5 8 -
完結第10話
五輪を見なかったテレビ屋
昭和39年10月10日、東京オリンピックの開会式の日。 商店街のテレビ店「藤田電器」には、テレビを持たない町の人々が集まり、店先の白黒画面に映る国立競技場を見つめていた。日本中が復興の喜びに沸くその日、店主の藤田信夫だけは、なぜか開会式を見ようとしなかった。 息子の浩一が店の奥を探すと、父は倉庫で古い木箱の前に一人座っていた。 「父ちゃん、始まったよ」 そう声をかけても、信夫はただ「お前は見てこい」と言うだけだった。 それから長い年月が過ぎ、父の死後、浩一は倉庫の奥から一冊の手帳と、昭和21年の上野で撮られた古い写真を見つける。そこには、戦後の焼け跡を生きた父と、4人の少年たちの姿が残されていた。 なぜ父は、日本中が歓声を上げた東京五輪の開会式を見なかったのか。 古い手帳に残された約束が、浩一の知らなかった父の戦後を静かに明かしていく――。昭和1.6萬字5 16 -
完結第10話
ラジオの涙
昭和26年、東京郊外の小さな家で、父は毎晩8時になると必ず古いラジオの前に座っていた。 家族が眠る時間になっても動かず、静かに放送へ耳を傾ける父の目には、いつも涙が浮かんでいた。 息子は、戦争で失った誰かを思い出しているのだと思っていた。 しかし、父が亡くなった後、押し入れの奥から見つかった一枚の古い紙が、家族の知らなかった過去を明らかにする。 終戦の日、小さなラジオを囲んだ兵士たち。 そこで父が感じた、決して忘れることのできない「ある瞬間」とは――。 一人の父が何十年も胸にしまい続けた、涙の本当の理由が今明かされる。昭和1.4萬字5 129 -
完結第10話
名前のない弁当箱
昭和28年、東京下町の小さな町工場に、毎月決まった日に名前のない弁当箱が届き始めた。 中には手作りの弁当だけ。差出人の名前も、手紙もない。 戦後の苦しい時代、社員たちを支え続けた社長・山本源一郎は、その弁当の送り主を知っているようだった。 しかし、何十年もの間、彼は決してその名前を明かそうとはしなかった。 なぜ誰かは、名乗ることなく弁当を届け続けたのか。 そして、その小さな弁当箱に込められていた、戦後から続く約束とは――。昭和1.5萬字5 140 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 43 -
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 368 -
完結第10話
焼け跡の花束
昭和22年、焼け跡が残る東京の街角で、毎朝誰にも知られず置かれる小さな花束があった。 野に咲く数本の花を、まだ幼い少年が古いレンガ壁の前にそっと置いていたのだ。 戦争で両親を失った少年を救ったのは、すべてを失いながらも一切れのパンを分けてくれた一人の女性だった。 それから何十年もの間、少年が守り続けた約束。 なぜ彼は、誰もいない焼け跡へ毎朝花を届け続けたのか。 戦後の混乱の中で生まれた、小さな優しさと忘れられない「ありがとう」の物語――。昭和1.5萬字5 1220 -
完結第11話
手書きの時刻表
昭和45年、山あいの小さな駅で、1人の駅員が30年以上大切に続けていた習慣があった。 田村修一が毎月作る手書きの時刻表には、列車の時間だけではなく、利用者一人ひとりの暮らしや小さな約束が記されていた。 若い駅員には古い習慣に見えたそのノート。しかし、雪の日に病院へ向かう老人を救った時、彼は初めて気づく。 それは単なる時刻表ではなく、町の人々の人生をつなぐ大切な記録だった。 やがて田村の定年の日、古いノートの中から見つかった一つの名前が、若い駅員の心を揺さぶる――。昭和1.6萬字5 786 -
完結第11話
最後の上映会
昭和49年、40年以上続いた小さな映画館「銀星座」が閉館した。 最後の上映を終え、静かに幕を閉じたはずの映画館に、翌週から毎週1本の古いフィルムが届き始める。 添えられていた紙には、ただ一言。 「今週も上映してください」 不思議に思いながら映写機を回した館主・山下清治が見たのは、映画ではなかった。 そこに映っていたのは、かつてこの町で暮らした人々の笑顔、失われた風景、そして誰も忘れていた大切な時間だった。 送り主はいったい誰なのか。 なぜ閉館した映画館へ、毎週フィルムを届けるのか。 一本の古い映像が、昭和の町に残された記憶を静かに呼び起こしていく――。昭和1.6萬字5 176 -
完結第10話
母が着続けた一枚の着物
昭和45年,母は20年以上もの間、同じ古い着物を着続けていた。 娘の美紀は、そんな母の姿をずっと「貧しいから我慢しているだけ」だと思っていた。正月も、結婚式の日も、新しい着物を選ばず、何度も直した一枚を大切にしていた母。 しかし、母が亡くなった後、古い着物の内側から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ母は、その着物を何十年も手放さなかったのか。 そこには、戦後の苦しい時代を生きた女性たちの、忘れられない約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 1745