"ラジオの涙" 第1話
昭26の初、京郊のさな借に、1台の古ラジオがやって来た。濃い茶の箱に丸い目盛り盤がつき、正面にはしほつれた布が張られている。品とは程く、裏板には修理した跡が残っていたが、佐藤にとっては箪笥や自転と同じくらいきな財産だった。
父の正が、勤め先の印刷でもらう料から何かもかけて貯めたで買ったものだった。妻の子には「でも世ののことをる必がある」と説していたが、い米を毎べることさえできない代に、ラジオは決して気軽に買える品ではなかった。
学4の健と、6歳の妹・節子は、父が呂敷をほどくそばから目を輝かせた。所のにはまだラジオのないところもく、放送を聞くためにのへ集まることも珍しくなかった。
「本当に声がるの?」
節子が箱へ顔をづけると、正は苦笑した。
「そんなにくっついたら、おの声しか聞こえなくなるぞ」
夕、族はちゃぶ台を片づけ、ラジオを部の央へ置いた。正がつまみを回すと、しばらく雑音だけが鳴った。やがてザーッという音の向こうから男性アナウンサーの声が浮かびがり、子どもたちはわず歓声をげた。
謡曲、落語、ニュース。声しか聞こえない箱のに、のよりも広い世界が詰まっていた。
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子も縫い物をしながらを傾け、ときどき流れてくるをさくずさんだ。
ただ、正だけは笑っていなかった。
午8がづくと、それまで子どもたちと話していた正は、必ずラジオの正面へ座り直した。背筋を伸ばし、両を膝に置き、周波数がしでもずれると慎につまみを調した。
報が流れ、夜の放送が始まる。ニュースのには、戦争や空襲で族とれれになったを捜す便りが読みげられるもあった。正はアナウンサーが読みげるつつの名を、聞き逃すまいとするようにを澄ませた。
「旧満州から引き揚げたという兄を捜しています」
「昭203、京空襲の混乱のでれた妹の消息を求めています」
らないの名と故郷が、静かな部へ流れ込んだ。健には暗く退屈な放送だったが、正は途でちがることも、誰かと話すこともなかった。
そして放送が終わる頃には、決まって目を赤くしていた。
ある夜、健は父の横顔をじっと見つめた。頬に筋の涙が流れているのを確かに見た。
「お父さん、泣いてるの?」
正は慌てて顔を背け、煙も吸っていないのに目元を拭った。
「煙が目に入っただけだ」
「でも、煙なんてないよ」
「子どもはもう寝なさい」
声はしかった。健が黙ると、子がそっと肩を抱き、布団のある隣へ連れていった。
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「お父さんは、戦争のことをいしているの?」
健が声で尋ねても、子はすぐには答えなかった。正が征に何を経験し、どこを歩いて帰ってきたのか、妻である子も詳しくはらなかった。
「話したくなるまで、待ってあげましょう」
襖の向こうでは、放送が終わったもラジオの雑音だけが続いていた。正はしばらく源を切らず、もう何も流れてこない箱のに座り続けていた。
正は戦争についてほとんど何も話さなかった。健が学で戦の暮らしを習い、「お父さんも兵隊だったの」と尋ねても、「昔のことだ」と答えるだけだった。
押し入れの奥には、復員したに持ち帰った背嚢と、の染みた軍用帳があった。しかし族がそれに触れることを、正は許さなかった。怖い顔でるわけではなかったが、子どもがづくと無言で取りげ、元の所へ戻した。
所ではさまざまな噂が流れた。正は戦で親友を失ったのだ、仲を置いてだけ帰ってきたことを悔しているのだと、誰も本当の事をらないまま勝な話が作られた。
健も、父はくなった戦友をって泣いているのだろうと考えた。ただ、それだけでは毎晩同じ刻に放送を聞く理由が分からなかった。
放送で読みげられるのは、戦でくなったの名だけではない。
空襲や引き揚げの混乱でれた族、の分からない親戚、いに残された。
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