"68歳の誕生日、残高は0円だった" 第14話
その面をので何度か繰り返したが、怖いとはわなかった。
緊張するだろうとはった。でも怖くはない。
怖さよりも先に来るものが、今の千代子にはあった。
それが何かを言葉にしようとすると、うまくいかない。
でも確かにそこにある。
ずっとろにいた自分が、今週初めて自分のでに向かって歩いているような覚。
誰かに引っ張られているわけでも、誰かに押されているわけでもなく。
ただ自分ので。
玉ねぎを切りながら、目にし染みた。
千代子はそれを拭わずに続けた。
決のである曜の朝は、いつもより静かに始まった。
総は夜から嫌が良かった。
「久しぶりにが集まるお茶会だ」と、夕のに独り言のように言っていた。
元仲の顔ぶれを指折り数えていた。
「本は最また別荘を買ったらしい。川の息子が資に転職した」などと、誰に向けても話しかけていた。
千代子は黙って器を洗い、さやかは客で京の仕事に返信を打っていた。
当の朝、総は朝をめに済ませてから斎に入った。
着るものを選んでいるのか、引きしをけ閉めする音がしばらく続いた。
それからリビングにてきた、彼は紺のジャケットを着て、胸元にチーフを入れていた。
退職にあつらえたスーツではなく、現役代から切にしている着だ。
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それを着るの総は、いつもより背筋が伸びていた。
「に来る。茶菓子が買ってある。おは台所にいろ」
総は千代子に命令した。
「分かりました」
千代子は答えた。
いつもと変わらない声だった。変わらない顔だった。
総はそれを聞いて満したように自分の子に座り、聞を広げた。
千代子は台所に戻り、布巾をに持って流し台のにった。
計の針が午を回った頃、さやかが千代子の隣に来た。
「滝川先、もうくにいる」
さやかは声で言った。
「にわせてお父さんの友達が来たで、入るって言ってた」
千代子は頷いた。
さやかはスーツに着替えていた。
京に戻るに着てきたものと同じ、黒いジャケットだった。
化粧もいつもよりしえてある。
千代子は自分のを見た。
普段着のままだった。
「着替えなくていいの?」
さやかが聞いた。
千代子はし考えて言った。
「このままでいい」
特別ながあったわけではない。
ただ今の自分は、このの台所にってきたであることを、そのままにしておきたかったのだ。
さやかは何も言わずに頷いた。
午分。インターフォンが鳴った。
総が自分で玄関にた。
賑やかな声が廊に入ってきた。
「いやあ、、久しぶりだな」
「寒くなってきたな。ゴルフはどうだ?」
の男たちの声がなりい、笑い声が混じった。
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千代子は台所のから、その声を聞いていた。
客たちはリビングに通された。
総が、お茶を用するよう千代子に声をかけてきた。
千代子はお盆に急須と湯呑みを乗せて、リビングに運んだ。
の客は革張りの子にゆったりと座り、総と向かいっていた。
皆、総と同じくらいの齢の男たちで、体格が良く声がきかった。
千代子がお茶をすと、が「ご苦労さん」と言い、のは何も言わなかった。
千代子は静かに台所に戻った。
リビングから笑い声が聞こえてきた。
総が何かを話しているらしく、「それで、そのファンドがな」という声が聞こえた。
仲のでひときわきな声をしているのが、総だった。
自分の庭にった男の声だった。
台所で、さやかがって計を見ていた。
分。さやかのスマートフォンがさく震えた。
画面を見てから、千代子に向いた。
「先が来た」
さやかはそれだけ言った。
インターフォンが鳴った。
「誰だ?」という総の声が、リビングから聞こえた。
千代子が廊にた。
「私がます」と言いながら玄関に向かった。
ドアをけると、滝川がっていた。
スーツ姿で、にいクリアファイルをつ持っている。
千代子と目がうと、さく頷いた。千代子も頷いた。
さやかがろから来て、滝川と並んだ。
は廊にった。
リビングから、話し声と笑い声が続いている。
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