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"68歳の誕生日、残高は0円だった" 第9話

「いるよ、お母さん」

千代子は優しく言った。

はしばらく井を見ていたが、やがて千代子に目を向けて何か言いたそうにした。

声がてこなかった。でも唇がいた。

千代子はその唇を読もうとした。

何を言っているのかは分からなかったが、表は穏やかではなかった。

何かがに引っかかっているような、苦しんでいるような顔だった。

千代子はを取り、両で包んだ。

丈夫よ」

千代子は言った。

でも自分でも、それが誰に向けた言葉なのかはっきりとは分からなかった。

夕方になって、総が戻ってきた。

ゴルフ仲事をしてきたらしく、嫌が良かった。

玄関で靴を脱ぎながら、総きな声をした。

「夕飯はいらない」

それだけ言って、彼は斎に入りドアを閉めた。

千代子は台所にったまま、その背を見ていた。

夜、千代子がに夕べさせている最に、さやかから話が来た。

千代子は廊て、声で話した。

さやかは昼よりも落ち着いた声だった。

でも内容は、昼よりずっと具体なことを話した。

「同僚に、弁護士と仕事をしているがいる」

さやかはで伝えた。

齢者の財産問題を専にしている弁護士らしい。、連絡先を聞いてみる」

さやかは確信を持って言った。

「お母さん、つだけ確認させてほしい」

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さやかは真剣な声で続けた。

「お父さんの類のに、委任状や関係の類が残っているかもしれない」

さやかはを押した。

「でも、今はまだ何も触らないで欲しい。かすと、で使えなくなるかもしれないから」

「分かった」

千代子はさく答えた。

「お母さん、丈夫?」

さやかが配そうに聞いた。

その「丈夫」は、体の話ではなく気持ちの話だと千代子には分かった。

千代子はし考えてから答えた。

「今は丈夫」

嘘ではなかった。

今この瞬、朝よりも昼よりも、自分のに何かいものができているような気がしていた。

「週末に帰る」

さやかは言った。

「弁護士の話を聞いてから、なるべくく」

話が終わった、千代子はの部に戻り事の続きをした。

はスプーンを半分だけ受け入れ、残りはを閉じてしまった。

千代子は無理をさせず、お茶をしだけませてから毛布を直した。

その夜、斎で総話をしている声が聞こえた。

「だから、あのファンドの解約タイミングはもうし待て」

気を帯びた声が漏れてきた。

「今かすと損失が確定する」

その声が、静かな廊に響いた。

千代子はその声を聞いて、を止めた。

ファンド。

あのATMでゼロになっていた自分の分の積みてが流れ込んでいる先の話をしている。

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夫は今、そのの扱いを話で誰かと話しっている。

自分の老の資が、損失をしているかもしれないファンドのにある。

そして総は、それを解約タイミングとして酷に計算している。

千代子は廊の暗がりので、しばらくかなかった。

りはてこなかった。

代わりに来たのは、奇妙な晰さだった。

このまま何もしなければ、何も変わらない。

いや、変わるとしたら悪い方向にしか変わらない。

ファンドが損失をせば、おは戻ってこない。

ずれは悪化する。

自分はまた来も何も持たないまま、同じように台所にち続ける。

それは嫌だとった。はっきりとそうった。

斎のドアの向こうで、総の声は続いていた。

数字と投資用語が混じりった、総にとっては常の言葉が廊に漏れてくる。

千代子はその声を最まで聞かずに、自分の部に戻った。

布団に入ってから、千代子はさやかが言った言葉をい返した。

週末に帰る。弁護士に連絡する。なるべくく。

千代子はその言葉を胸ので何度か繰り返した。

窓ので、の枝を揺らす音がした。

の部の方から、微かな寝息が聞こえた。

斎では総がまだ話をしている。

千代子は目を閉じた。

今夜は眠れそうだとった。昨夜とは違う理由で。

のシーンがゆっくりと静まり返り、数が経過した。

さやかが幹線で帰ってきたのは、の夜だった。

話で週末に帰ると言っていたが、さやかは曜の夜に改めてメッセージを送ってきた。

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