"68歳の誕生日、残高は0円だった" 第8話
千代子はバスに向かって歩き始めた。
歩きながら、さやかのことを考えた。
娘に配をかけたくないという気持ちはまだある。
でも今は、それよりもきな問題が目のにある。
20万円のエアマット。のずれ。
委任状の偽造。の障害者控除。
それだけのことが、の歳の女の肩のに乗っている。
バスので、千代子は携帯話を取りした。
さやかの番号を表示させて、しばらくそのまま持っていた。
話をかけるのは、この問題にさやかを巻き込むことではないと自分に言い聞かせた。
ただ、事実を伝えるだけだ。
どうするかは、それから考えればいい。
でも今でこれを抱えたままに帰って、また総ので黙っている自分を像した。
それがどうしてもできなかった。
バスがきく揺れた。
千代子は決し、発信ボタンを押した。
コール音が回鳴った。回目の途で、さやかがた。
「お母さん?」
さやかの声が聞こえた。
珍しい帯にかかってきた話だから、し戸惑いがある声だった。
「さやか、し話せる?」
千代子は聞いた。
「今会社なんだけど。うん、ちょっと待って」
さやかの声と共に、背の雑音がさくなった。
さやかが席をれ、静かな所へ移したのだろう。
「どうしたの? お母さん、声が変だよ」
さやかに言われて、千代子は初めて自分の声が震えていることに気がついた。
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「お母さん、ちょっと聞いて欲しいことがあって」
千代子は言葉が続かなかった。
バスの窓のに、づき始めたイチョウ並が流れていった。
千代子はそれを見ながら、何から話せばいいか分からないままをいた。
さやかは話の向こうで、黙って待っていた。
その沈黙が、千代子にはありがたかった。
急かさず、余計な言葉も挟まず、ただ聞いている。
それだけで、千代子の喉の緊張がしだけほぐれた。
「お母さんのおのこと」
千代子はゆっくりと言った。
「の座に、おがなくなっていたの」
それだけ言うと、さやかの息が止まったような静けさが受話器越しに伝わってきた。
「どういうこと?」
さやかは言った。今度は声のトーンが変わっていた。
千代子は、ゆっくりと区役所で聞いたことを話した。
委任状のこと、の続きのこと。
障害者控除の申告のこと。
職員の言葉をいしながら、なるべく正確に伝えようとした。
話しながら、千代子はこれを声にすのは初めてだと気がついた。
区役所で聞いたも、バスまで歩いたも。
全部のだけで回っていた言葉を、今初めて誰かに向けてにしている。
さやかは、途で何も言わなかった。
千代子が話し終えると、しの沈黙があった。
それから、さやかが言った。
「お母さん、今どこにいる?」
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「バスのよ」
千代子は答えた。
「今の夜、話できる? もっと詳しく聞きたい」
さやかの声は静かだったが、何か圧縮されたものを含んでいた。
「うん」
千代子は答えた。
「お父さんには、今話したこと言わないでおいて」
さやかは鋭く言った。
千代子はし驚いた。でもすぐに理解した。
「分かった」
さやかが「仕事に戻らないといけないけど、夜話する」と言って話を切った。
通話が終わった、千代子はしばらく携帯を握ったままバスに揺られていた。
さやかの声のにあった何か。
りとも言えないし、焦りとも言えない。
でも確かに、何かがき始めたような気配。
それが千代子には今、この瞬本の細い綱のようにえた。
に帰ると、総はしていた。
彼の靴がない。斎のドアもいている。
千代子はとっさに、斎のを見た。
机のにいくつかの類が積まれている。
づいて確認しようとしたが、千代子はをすのを止めた。
証拠をかしてはいけないと直にじた。
理由は分からないが、何かを壊したくなかったのだ。
千代子はの様子を確認しにった。
は起きていた。
井を見げながら、微かにをかしていた。
千代子が声をかけると、はゆっくりと目線を向けた。
「千代子さん」
はさな声で言った。
が千代子の名を呼べるは、今はくない。
千代子は子を引き寄せて、ベッドの脇に座った。
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