"消えた妻と青いマグカップ" 第12話
「藤田さんじゃなくて?」
健はし迷った。
「……今回は普通の業者」
美が笑った。
「分かった」
さらにか。
庭の古い物置の扉がれた。
今度は健から藤田へ連絡した。
「仕事として頼む」
藤田は、
「はい」
と答えた。
以のように、
勝にへ入ることはなかった。
美がいるを確認し、
見積をし、
作業が終わると帰った。
の関係は、
しずつ別の形になっていった。
*
紗季からの連絡は、
頻繁ではなかった。
最初のかは、
何もなかった。
美も、
自分からは送らなかった。
約束していたわけではない。
でも、
待つことにした。
か目。
いメールが届いた。
【体調は落ち着きました】
美は、
分ほど悩んでから返信した。
【よかったです。無理しないでください】
それだけだった。
「会いたい」
ともかなかった。
「お母さんだから」
ともかなかった。
紗季には、
紗季を育てた母親がいる。
美は、
そこを奪いたくなかった。
*
。
健の単赴任が、
翌には終わる能性がてきた。
まだ決定ではない。
それでも、
以の健なら、
「戻れるかもしれない」
とだけ伝えただろう。
今度は違った。
「もし松本に戻ることになったら、仕事どうする?」
美に聞いた。
「私の?」
「うん」
「続けたいけど」
「じゃあ続ける提で考える」
美は、
し驚いた顔をした。
「何?」
「別に」
「何だよ」
「なら、もう決めてから言いそうだなって」
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健は苦笑した。
「俺、そんなじだった?」
「ちょっと」
「気をつけます」
*
。
美の携帯話に、
紗季から枚の写真が届いた。
病院のベッド。
い毛布。
そのに、
さな赤ん坊。
まだ顔は赤く、
目を閉じていた。
そのに、
だけ。
【無事にまれました】
美は、
しばらく画面を見た。
胸の奥から、
の記憶が戻ってきた。
い産着。
さな。
温かかった額。
あの、
自分が抱いた赤ん坊が、
今、
母親になった。
美の目から、
静かに涙が落ちた。
*
以の美なら、
その写真をで見ただろう。
保して、
誰にも言わなかったかもしれない。
携帯を閉じ、
胸のだけに置いたかもしれない。
だが、
そのは違った。
ちょうど週末で、
健が松本に帰っていた。
美はリビングへった。
健はテレビを見ていた。
「健さん」
「ん?」
美は携帯を持ったままっていた。
「紗季さんから」
健が振り返る。
「まれた?」
美は頷いた。
し迷ってから、
携帯話を差しした。
「見る?」
健は受け取った。
画面を見る。
「さいな」
「まれたばっかりだから」
「女の子?」
「うん」
「そうか」
それだけだった。
げさな言葉はなかった。
健は写真を見たあと、
携帯を美へ返した。
「返事するの?」
「うん」
「何て?」
美はし考えた。
「おめでとう、かな」
「それでいいんじゃない」
美は頷いた。
*
その夜。
返信を送ったあと、
美は写真を消さなかった。
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隠しもしなかった。
机のに携帯話を置いたまま、
健と緒に夕をべた。
。
美はの赤ん坊を抱き、
その記憶を胸の奥へしまった。
。
健と結婚しても、
そこをけなかった。
。
藤田にられても、
夫には言えなかった。
そして。
その秘密は、
とうとう美をのまで連れした。
けれど、
秘密そのものが悪かったわけではない。
誰にでも、
言えない過はある。
言いたくない記憶もある。
問題だったのは、
言えないままが経ちすぎると、
いつしか自分でも、
「言わない」以の選択肢が見えなくなることだった。
*
美が消えたのは、
だけだった。
藤田誠司も、
だけ連絡を絶った。
誰もななかった。
誘拐もなかった。
倫でもなかった。
それでも健にとって、
そのは、
の結婚活を最初から見直すには分だった。
妻には、
自分のらないがあった。
そして妻もまた、
夫がすべてを受け入れてくれるかどうかを、
勝に決めていた。
とも、
相の答えを聞くに、
自分ので答えを作っていた。
*
数。
紗季からもう通、
メールが届いた。
【落ち着いたら、また度会えたらとっています】
美は、
すぐには返さなかった。
隣には健がいた。
画面を見せる。
「どうする?」
健が聞いた。
美は、
し考えた。
「会いたい」
「じゃあ、そうけば」
「うん」
美は返信画面をいた。
今度は、
く迷わなかった。
【私も会いたいです】
送信する。
健が横から言った。
「今度は俺にも言ったな」
美は笑った。
「言った」
「よし」
「何それ」
で笑った。
隠していた過が、
なくなったわけではない。
の選択が、
正しかったことになったわけでもない。
ただ、
もうで抱えておく必はなかった。
それだけで、
同じ記憶はしだけ違って見えた。
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