入社式当日、俺は妹の美岬を車で会場まで送った。会場は地元でも名の通った高級ホテルの宴会場で、天井のシャンデリアが眩しいほどに輝いていた。妹は新品のスーツに身を包み、胸元の名札を何度も確かめている。十五年前に両親を失い、十歳だった妹を親代わりに育ててきた俺にとって、その姿は誇りそのものだった。
俺の名は斉藤誠一郎、四十五歳。地元で三十五社を傘下に持つ斉藤グループの会長だ。製造、建設、IT、小売、サービスまで幅広く手がけ、年商は五百億円規模、従業員は三千五百名を超える。だが妹には、その肩書きを一切明かしていない。美岬には、自分の力で社会に立ってほしかった。
開始予定の午前十時。壇上に立ったのは中央リクルートサービス株式会社の社長、田村大輔だった。
田村社長は履歴書を手に取り、学歴を一人ずつ読み上げ始めた。
「君は……聞いたことない大学だな」
「このレベルでよく来れたね」
笑いが起きる。笑う側には緊張の逃げ道がある。笑われる側には逃げ場がない。俺は奥歯を噛み、様子を見守るしかなかった。
そして美岬の番が来た。
「地方の公立大か。うちの人事もよく採ったなあ」
妹の頬が赤く染まり、肩が小さく震えた。田村社長は止めない。
「君みたいな学歴の子は現場仕事が向いてる。営業や企画は無理だよ」
会場の社員たちが笑い、妹は完全に孤立した。
「斉藤さん、壇上へ」
美岬が呼ばれ、震える足で壇上に上がる。田村社長は紙を渡した。
「これを読んで。読めないなら内定取り消し」
紙には、屈辱そのものが印字されていた。
「私は学歴が低いので迷惑をかけないよう頑張ります」
美岬は唇を噛み、涙をこらえながら読もうとした。
その瞬間、田村社長が手を叩いた。
妹が泣き崩れながら俺の元へ走ってきた。
「お兄ちゃん……入社式は嘘だったって……」
俺は抱きしめるしかなかった。怒りは沸騰していたが、まず守るべきは妹の心だ。会場を出て車に乗せ、毛布をかける。
「美岬、お前は悪くない」
それだけは、何度でも伝えたかった。
自宅へ送り届けた後、俺は車内で静かに決断した。中央リクルート社との全契約をキャンセルする。現在の契約は年六億円、今月末に新規四十億円の締結予定があり、合計百億円規模だ。地域の採用支援の中核を担う取引先であっても、倫理を失った組織に金は流せない。
翌朝、俺は中央リクルート社のオフィスを訪れた。受付は冷たく「予約がないと」と言いかけたが、名刺を見た瞬間、顔色が変わった。
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