"焼け跡の花束" 第6話
うちがべさせているのに、自分だけでいい顔をして」
奥の部から物音が聞こえた。源蔵が線を向けると、健が押し入れのに座っていた。頬が赤く腫れ、子からもらった布袋を胸へ抱えていた。
叔母は、その袋を取りげようとした。にべ物を隠しているとったのである。健が抵抗すると袋が破れ、から押しのと、黒くくなったパンの欠片が落ちた。
「腐ったものを、いつまで持ってるんだい」
叔母がパンをへ投げ捨てたため、健はびついて拾った。そのに頬を打たれ、学を休まされていた。
源蔵はりを抑え、叔母へ事を説した。パンは戦争に子からもらったものであり、にとって族の形見と同じものだと伝えた。
「そんな古いものへ執着させるより、今の族を事にさせるべきでしょう」
叔母の言葉にも、彼女なりの苦しさがあった。血のつながらない子供を引き取り、料ので育てる余裕がなかった。健がくなった族や子ばかりっていることを、自分たちを拒絶しているようにじていたのである。
しかし、苦しいことはの記憶を壊してよい理由にはならなかった。
源蔵は叔父の帰宅を待ち、健の活について話しった。叔父は妻の為をると謝ったが、今も5で暮らしていくことへのを隠せなかった。
広告
「私たちも、べていくだけで精いっぱいなんです。健を嫌っているわけではない。でも、どうすればいいか分からない」
源蔵は町役と寺に相談し、健が学を続けながら活できる所を探すと約束した。それまでは朝倉商で朝と簡単な仕事を用し、叔父のへも料をし分けることにした。
翌、健は再び焼け跡へ現れた。破れた布袋は源蔵の妻・佳代が縫い直し、押しとパンはしいへ包まれていた。
を置いた、健は壁へ向かってくをげた。
「昨来られなくて、ごめんなさい」
は、子との約束を破ったことを何より気にしていた。源蔵はその背を見ながら、毎朝を置く為が、健を過へ縛りつけているだけではないかと考え始めた。
「健、子さんは、毎来てほしいと言ったのか?」
は首を横に振った。
「たまにいしてって言った」
「それなら、学や仕事を休んでまで来る必はないんじゃないか」
「でも、僕が来なかったら誰もを置かない」
「がないがあっても、子さんを忘れたことにはならないよ」
健は納得しなかった。子の墓がない以、この壁だけが彼女のを示す所だった。を絶やせば、子がこの世にいた証しまで消えるとっていた。
源蔵はそれ以言わず、緒にへ戻った。
広告
に必なのは、忘れてもよいという許ではなく、を置かないにも子の記憶が残ると信じられる何かだった。
その答えを見つけるため、源蔵は子をる々を捜すことにした。
源蔵は寺、配所、所の商を回り、子について尋ねた。戦の混乱ので記録はほとんど残っていなかったが、彼女から助けられた子供たちの方がしずつ分かった。
印刷所へみ込んだ達夫は、野のさなで働いていた。源蔵がを送ると、曜に作業着のまま町へ戻ってきた。
15歳になった達夫は、以より背が伸びていた。レンガ壁のへつと、の横に冊のいノートを置いた。
「子さんが、字を覚えろって言ったんです。俺、夜学へき始めました」
達夫は幼い頃、盗みをした自分を子が見捨てなかったことを語った。印刷所で失敗し、逃げようとしたも、子ならどうするかを考え、親方へ正直に謝ったという。
信は方の親戚へ引き取られ、すぐには来られなかったが、を送ってきた。封筒には自分で縫ったさな布のが入っていた。
〈子さんは、私に針の使い方を教えてくれました。今は縫製で働いています。初めてもらったで、弟たちに靴を買いました〉
養護施設にいた子と次郎については、施設の職員が況をらせてくれた。
2とも元気に学へ通い、子はの子供の面倒をよく見ているという。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
忘れられなかった一つの名前
昭和32年、父・佐藤隆一は、古びた軍服のボタンを何十年も大切にしまっていた。 家族が「もう捨ててもいいのでは」と言っても、父は決して手放そうとしなかった。 しかし、父の死後、そのボタンの裏に刻まれた見知らぬ男の名前が、息子・健一の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ父は、一つの古いボタンを守り続けたのか。 そこには戦争の記憶ではなく、時代を越えて守られた、一人の青年との約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 54 -
完結第11話
手書きの時刻表
昭和45年、山あいの小さな駅で、1人の駅員が30年以上大切に続けていた習慣があった。 田村修一が毎月作る手書きの時刻表には、列車の時間だけではなく、利用者一人ひとりの暮らしや小さな約束が記されていた。 若い駅員には古い習慣に見えたそのノート。しかし、雪の日に病院へ向かう老人を救った時、彼は初めて気づく。 それは単なる時刻表ではなく、町の人々の人生をつなぐ大切な記録だった。 やがて田村の定年の日、古いノートの中から見つかった一つの名前が、若い駅員の心を揺さぶる――。昭和1.6萬字5 54 -
完結第11話
最後の上映会
昭和49年、40年以上続いた小さな映画館「銀星座」が閉館した。 最後の上映を終え、静かに幕を閉じたはずの映画館に、翌週から毎週1本の古いフィルムが届き始める。 添えられていた紙には、ただ一言。 「今週も上映してください」 不思議に思いながら映写機を回した館主・山下清治が見たのは、映画ではなかった。 そこに映っていたのは、かつてこの町で暮らした人々の笑顔、失われた風景、そして誰も忘れていた大切な時間だった。 送り主はいったい誰なのか。 なぜ閉館した映画館へ、毎週フィルムを届けるのか。 一本の古い映像が、昭和の町に残された記憶を静かに呼び起こしていく――。昭和1.6萬字5 35 -
完結第10話
母が着続けた一枚の着物
昭和45年,母は20年以上もの間、同じ古い着物を着続けていた。 娘の美紀は、そんな母の姿をずっと「貧しいから我慢しているだけ」だと思っていた。正月も、結婚式の日も、新しい着物を選ばず、何度も直した一枚を大切にしていた母。 しかし、母が亡くなった後、古い着物の内側から見つかった小さな刺繍が、美紀の知らなかった過去を呼び起こす。 なぜ母は、その着物を何十年も手放さなかったのか。 そこには、戦後の苦しい時代を生きた女性たちの、忘れられない約束が隠されていた――。昭和1.5萬字5 345 -
完結第10話
白いハンカチの約束
昭和47年、東京郊外の団地。 3号棟の4階に住む老夫婦は、毎朝7時になると、ベランダに真っ白なハンカチを一枚だけ出していた。 洗濯物を干さない日も、雨が降りそうな日も、そのハンカチだけは必ず揺れている。近所の子どもたちは不思議がり、「誰かへの合図ではないか」と噂した。 けれど、その白い布を毎朝じっと見つめていたのは、向かいの棟で一人暮らしをする老女だった。 ある冬の朝、いつもの時間になっても白いハンカチが出なかった。 ただそれだけの異変に、老女は胸騒ぎを覚え、急いで部屋を飛び出す。 電話もない時代、近すぎず、遠すぎず、互いの暮らしをそっと見守っていた人たち。 一枚の白いハンカチに込められていた、昭和の団地の小さな約束の物語。昭和1.4萬字5 569 -
完結第10話
赤いバイクと最後の新聞
昭和50年、岐阜県の山あいに、全校児童がわずか3人だけの小さな分校があった。 給食もなく、冬は石油ストーブを囲んで授業を受けるような古い木造校舎。そんな子どもたちが毎朝楽しみにしていたのは、山の外の世界を伝えてくれる一部の新聞だった。 ところが、その分校は翌年3月で閉校することが決まる。教材も雑誌も次々と止まり、子ども新聞の購読も打ち切られた。 それでも、59歳の郵便配達員・田所信一は、雪の山道を越えて毎朝新聞を届け続けた。 誰も頼んでいない。もう学校も終わる。たった3人の子どものために、なぜそこまでするのか。 分校最後の日、子どもたちは初めて知ることになる。 田所が守ろうとしていたのは、新聞そのものではなかった――。昭和1.5萬字5 217 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 1103 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 391 -
完結第10話
売らなかった紙
昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。昭和1.5萬字5 2019