"最後の上映会" 第3話
音のない映像だった。それなのに清治のには、商主たちの呼び声や子供の笑い声が聞こえるようだった。
最に座の玄関が映った。勢の客が列を作り、切符売りでは、まだ若い文子が忙しそうに券を渡していた。
清治は呼吸を忘れたように画面を見つめた。文子は客へ笑いかけた、撮者に気づき、恥ずかしそうにを振った。
映像はそこで終わり、スクリーンがくなった。客席には映写の回転音だけが残った。
清治は暗のでしばらくけなかった。フィルムを届けている物は、座だけでなく、この町の過をっている。
そして、文子が映っていることもったで、清治へ送り届けているのかもしれなかった。
翌朝、清治は柴田青果を訪れた。主の柴田徳蔵は63歳で、妻の千代をくしてからでを続けていた。清治が映写会の話をすると、最初は怪訝そうな顔をしたが、千代が映っていると聞くと、にしていた聞をゆっくり畳んだ。
「本当に、うちの千代なのか」
「若い頃の姿だ。座のを歩いて、カメラに笑っていた」
柴田はしばらく黙っていた。やがて「見せてくれ」とく言い、閉に座へ来ることになった。
その夜、清治は子と柴田を客席へ招いた。きなスクリーンへ8ミリ映像を映すとがくなるため、から5列目の央にさな布を張った。
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千代が映った瞬、柴田は背筋を伸ばした。画面のの彼女が笑うと、膝ので握っていた両をゆっくりいた。
「この籠、俺が買ったんだ。結婚して最初のだった」
柴田の声は震えていた。くなるの千代はく病にいて、柴田の記憶には痩せた横顔がく残っていた。だがスクリーンのの彼女は元気に歩き、若い夫へ向けていたのと同じ笑顔を見せていた。
映、柴田は何度も清治へ礼を言った。
「写真は何枚か残っている。でもいている千代を見たのは、何ぶりだ。を振る癖まで、すっかり忘れていた」
清治は自分が撮った映像ではないと説した。毎週届くフィルムのことを話すと、柴田は送り主を捜すのを伝うと言った。
2本目のフィルムには、昭34の祭りが記録されていた。浴姿の子供たち、を引く若者、先でラムネをやす商主たちが次々と映った。神社の段では、現暮らしをしている老婦が、幼い息子を抱いて笑っていた。
3本目は昭35の町学の運会だった。4本目には商を通った聖リレーの予練習、5本目にはのに総でを掘る町の々が映っていた。
撮者は名や特別な来事だけを追っていなかった。魚をさばく、のを掃く女性、居眠りする巡査、泣く子供をあやす父親など、当なら誰も気に留めなかった常を丁寧に撮っていた。
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子は映像にてくる物の名をきし、商の古い名簿と照した。清治と柴田も記憶をたどり、誰がどのにいたのかをずつ確かめた。
撮者をるがかりは、画面の端に折現れるだけだった。柄な男性らしく、持ちのカメラを胸のさで構えていた。鏡や窓に姿が映る面もあったが、顔までは見えなかった。
「8ミリカメラを持っていたなんて、当はくなかったはずよ」
子が言うと、清治は古い記憶を探った。昭30代、町で8ミリカメラを持っていたのは、写真館の主、学教師、そして器で働いていたの青くらいだった。
青の名は正。清治より6歳で、映画が好きな物静かな男だった。映作品が変わるたびに座へ来て、客席だけでなく、映写や切符売りまで撮していたことがある。
「さんなら、昭41頃に京へたはずだ」
柴田がいした。町の器が閉まり、京の映像器会社へ転職したと聞いていた。両親もすでにくなり、実は取り壊されていた。
しかし、清治にはつ腑に落ちないことがあった。正がフィルムを送り返したのなら、なぜ名を隠し、閉館の座へ毎週本ずつ置くのか。で事を説し、まとめて送る方が簡単だったはずだ。
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