みかん小説
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"トウモロコシ畑に消えた母" 第2話

結婚、健は仕事の都京にみ続けたが、に1度は紀子を連れて青沢へ帰った。農繁期には作業着を着て収穫を伝い、芳子の誕には価な贈り物を欠かさなかった。

たちのでは、芳子を「お義母さん」ではなく「母さん」と呼んだ。

方、夫婦2だけになると、健の態度はし違った。

紀子が友と会おうとすると、「庭より事なのか」と嫌になった。装や化粧にもし、帰宅が予定より10分遅れただけで、誰と何をしていたのか細かく説させた。

最初の頃、紀子はそれをだとっていた。健も「配だから聞いている」と説し、最には必ず優しい声で謝った。

結婚から5が過ぎる頃には、紀子は以の友とほとんど会わなくなっていた。座は健が管理し、買い物には計簿と領収の提を求められた。

から見れば、健は妻を切にする成功した会社員だった。では、妻が何を考えるか、誰と話すか、どこへくかをしずつ決めるになっていた。

1991、健は勤めていた商社を辞め、医療器や健康品を輸入する会社をげた。創業当初は順調に売を伸ばし、雑誌で若経営者として紹介されたこともある。

けれど、急激な事業拡には額の借が伴っていた。規事業へ失敗しても、健は周囲にそれを隠し、別の融資で穴を埋めた。

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1998頃には、表向きの会社規模とは裏腹に、数億円い債務を抱えていた。正規の関からしい融資を受けることが難しくなり、利の業者からもを借り始めていた。

が目をつけたのは、芳子が所するだった。

トウモロコシ畑を含む約3ヘクタールの農は、くにしい連絡を造る計画が持ちがったことで、将来きく値がりすると噂されていた。宅転用が認められれば、1億円を超える価値になる能性もあった。

芳子の法定相続は紀子1だった。健は、芳子がくなればは妻へ渡り、夫である自分が実質に管理できると考えた。

ところが1999、芳子はの農業法部を貸しす契約をめ始めた。農を守り、若い農へ引き継ぐためだった。

が来ればく売れるかもしれませんよ」

が反対すると、芳子は首を横に振った。

「私は売るために畑を守ってきたんじゃないよ。紀子にも、に換えてほしいとはっていない」

「でも、紀子の将来のためでしょう」

「紀子の将来は、紀子が決めればいい。あんたの会社の借を埋めるためじゃない」

その言葉を聞き、健の表が初めて崩れた。

芳子は、彼の会社が危険な状態にあることをっていた。紀子からではなく、健の会社へ融資していたの元員から、相談を受けていたのである。

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さらに芳子は、健が裏社会の仲介を通じて、国内で認されていない鎮静作用のい薬物を入しているという話までにしていた。

「紀子に全部話すよ」

芳子がそう告げると、健はすぐに笑顔へ戻った。

「誤解ですよ。落ち着いて話しましょう」

「話すことはない。、紀子に来てもらう」

事件が起きたのは、その翌朝だった。

司法解剖の結果、芳子の因は頸部圧迫による窒息と判断された。推定刻は午230分から330分ので、畑へ向かうため刻とほぼなっていた。

腕にあったさな点は注射痕の能性が考えられたが、当われたな薬物検査では、眠薬や農薬などの既成分は検されなかった。保できる血液量もなく、担当者は虫刺されの能性を排除できないと報告した。

な被害を示す痕跡がないにもかかわらず、がすべて持ちられていた。捜査本部は、犯が自分の毛髪や繊維、体液などを残した能性を恐れ、証拠ごとを処分したと考えた。

方、では別の噂が広がった。

に全裸で見つかったという事実だけが独り歩きし、芳子が誰かと目を忍んで会っていたのではないか、銭や男女関係の問題があったのではないかと、根拠のない話が囁かれた。

涯畑で働き、夫をくした娘を育ててきた女性が、くなったまで侮辱された。

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