"母が着続けた一枚の着物" 第9話
柔らかな布に触れる。
昔なら、古びているとった部分。
今では、それがおしくじる。
袖の修繕跡。
何度も縫い直された糸。
そこには、母のの跡が残っていた。
きっと子は、何度もこの着物を直しながら、節子のことをいしたのだろう。
「まだ着られるからね」
母はいつもそう言っていた。
美紀は、その言葉の本当のを今なら理解できる。
着物が着られるからではなかった。
いがまだきているからだった。
約束がまだ続いているからだった。
はくなっても、完全に消えるわけではない。
誰かの記憶のでき続ける。
誰かが話を伝えることで、次の世代へつながっていく。
節子という女性を、美紀は度も会ったことがない。
それでも、議といにはじなかった。
母が切にしていた。
母のを支えた。
そして、この族につながる切な。
そううことができた。
それから数。
美紀は、自分自が母と同じ齢になった頃、あることに気づいた。
母が何も同じ着物を着続けた理由は、過に執着していたからではなかった。
むしろ逆だった。
母は、過から受け取ったものを抱えながら、毎を精杯きていたのだ。
昭45の頃、美紀にはそれが分からなかった。
若かった美紀にとって、古い着物はただの古い着物だった。
広告
周囲の母親たちがしい着物を着るで、自分の母だけが同じものを着ている。
その姿が、し寂しく見えた。
しかし、齢をねた今なら分かる。
本当に寂しかったのは、古い着物を着ていた母ではない。
切なものの価値に気づけなかった、あの頃の自分だった。
美紀は、母がくなってから何度も考えた。
もしあのに戻れるなら。
結婚式の朝に戻れるなら。
きっと違う言葉をかけるだろう。
「その着物、素敵だね」
「どうしてそんなに切にしているの?」
「お母さんのいを聞かせて」
そう言えばよかった。
母がい守ってきたものを、否定するのではなく、ろうとすればよかった。
でも、は失ってから初めて気づくことがある。
いつもそばにいるほど、その優しさを当たりだとってしまう。
毎の事。
洗濯された。
何気ない声かけ。
そして、誰にも見せないさな。
母親というは、そうしたものを何も言わずに積みねている。
子もそうだった。
自分のより、族の幸せを優先した。
自分の気持ちより、娘の気持ちを優先した。
そして、親友との約束を何も守り続けた。
美紀は、母がどれほどいだったのか、今になって理解していた。
あるの。
美紀は久しぶりに、母の故郷の町を訪れた。
昔、子と節子が歩いた所。
が働いたがあった所。
広告
今では建物もなくなり、周囲の景もきく変わっていた。
しいができ、昔あった商もなくなっていた。
代は変わった。
の暮らしも変わった。
けれど、美紀にはそこに昔のの姿が見えるような気がした。
若い子が、仕事帰りに笑いながら歩いている。
隣には節子がいて、のことを話している。
苦しい代だったはずなのに、はきっとさな幸せを見つけていた。
美紀は持ってきた古い写真を取りした。
そこには、若い頃の母と節子が写っていた。
とも価なを着ているわけではない。
豪華な暮らしをしているわけでもない。
それでも、写真ののはとても幸せそうだった。
美紀は、その理由が分かった気がした。
幸せとは、持っている物の量では決まらない。
誰かと笑いえること。
誰かを切にえること。
そして、自分のにをじられること。
母が守った枚の着物は、そのことを教えてくれた。
帰宅した美紀は、再び桐箱をいた。
着物を丁寧に広げる。
いを過ごしてきた布。
何度も修繕された跡。
しくなった。
それらすべてが、この着物の歴史だった。
品の着物には、品の美しさがある。
しかし、く使われた物には、その物だけが持つがある。
誰かが触れたの温もり。
誰かが流した涙。
誰かが願った幸せ。
そうした目に見えないものが、確かに残っている。
美紀は、母がくなるに何も言い残さなかったことをいした。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
白いハンカチの約束
昭和47年、東京郊外の団地。 3号棟の4階に住む老夫婦は、毎朝7時になると、ベランダに真っ白なハンカチを一枚だけ出していた。 洗濯物を干さない日も、雨が降りそうな日も、そのハンカチだけは必ず揺れている。近所の子どもたちは不思議がり、「誰かへの合図ではないか」と噂した。 けれど、その白い布を毎朝じっと見つめていたのは、向かいの棟で一人暮らしをする老女だった。 ある冬の朝、いつもの時間になっても白いハンカチが出なかった。 ただそれだけの異変に、老女は胸騒ぎを覚え、急いで部屋を飛び出す。 電話もない時代、近すぎず、遠すぎず、互いの暮らしをそっと見守っていた人たち。 一枚の白いハンカチに込められていた、昭和の団地の小さな約束の物語。昭和1.4萬字5 282 -
完結第10話
赤いバイクと最後の新聞
昭和50年、岐阜県の山あいに、全校児童がわずか3人だけの小さな分校があった。 給食もなく、冬は石油ストーブを囲んで授業を受けるような古い木造校舎。そんな子どもたちが毎朝楽しみにしていたのは、山の外の世界を伝えてくれる一部の新聞だった。 ところが、その分校は翌年3月で閉校することが決まる。教材も雑誌も次々と止まり、子ども新聞の購読も打ち切られた。 それでも、59歳の郵便配達員・田所信一は、雪の山道を越えて毎朝新聞を届け続けた。 誰も頼んでいない。もう学校も終わる。たった3人の子どものために、なぜそこまでするのか。 分校最後の日、子どもたちは初めて知ることになる。 田所が守ろうとしていたのは、新聞そのものではなかった――。昭和1.5萬字5 161 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 1034 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 352 -
完結第10話
売らなかった紙
昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。昭和1.5萬字5 1934