"母が着続けた一枚の着物" 第7話
それは価な着物だからではない。
そこに、の温かさが残っているからだった。
昭45。
母が絶対に品の着物を買わなかった理由。
それは、節約でもでもなかった。
枚の着物を通して、もう会えない切なと、ずっと同じをき続けるためだった。
それからさらにが流れた。
美紀も齢をね、いつのにか母・子がきた頃の齢にづいていた。
若い頃には分からなかったことが、しずつ分かるようになっていた。
親が子どものために何かをする気持ち。
誰かとの約束を、何も胸の奥にしまってきるさ。
そして、言葉にしなくても伝わる。
若い頃の美紀は、母がなぜしい着物を買わないのか理解できなかった。
周りと違うことが恥ずかしいとっていた。
母が切にしていたものより、自分がどう見られるかを気にしていた。
しかし今なら分かる。
あの、結婚式で母が着物を諦めた。
本当に傷ついていたのは、古い着物を否定されたことではなかった。
娘がまだ、自分のらない母のを理解できない齢だったこと。
ただ、それだけだったのだ。
母はきっと、いつか美紀が気づくが来ると信じていた。
だから何も責めなかった。
何も説しなかった。
ただ静かに、着物を桐箱へ戻した。
その姿をいすたび、美紀の胸は締め付けられる。
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「お母さんは、ずっと私よりだったんだね」
美紀はでそう呟いた。
母は過に縛られていたのではない。
過を切に抱えながら、未来へんでいたのだ。
節子との約束も、族へのも、どちらも母にとっては同じくらい切なものだった。
だからこそ、あの着物は何も残った。
あるの。
美紀は久しぶりに、母の故郷くを訪れた。
昔、子と節子が働いていた跡を見にくためだった。
今ではもうはなく、さな建物が建っていた。
代の流れので、昔の景はしずつ消えていた。
それでも、美紀はその所につと、議な気持ちになった。
ここで母は働いた。
ここで節子さんと会った。
ここでは、苦しい代を支えった。
自分がらない若い頃の母が、確かにここにいた。
美紀は持ってきた写真を取りした。
若い子と節子。
は笑っていた。
苦しい代だったはずなのに、写真ののはるい表をしていた。
幸せとは、物がたくさんあることではない。
誰かと支ええることなのかもしれない。
美紀は、母が残した着物からそのことを教えられた気がした。
令になった今でも、美紀のにはあの紺の着物が残っている。
何度も修繕された袖。
しあせた布。
品の着物にはない、いの跡。
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それを見るたび、美紀は母のをいす。
昭20代。
物がしていた代。
若い女性たちが懸命に働いた代。
枚の着物が、今よりずっときなを持っていた代。
そして、昭45。
美紀がまだ母の本当の気持ちをらなかった代。
あの頃の母は、周囲から見れば古い着物を着ているだけの女性だった。
しかし、本当は違った。
母は枚の着物を通して、の友のを守っていた。
本節子という女性がきた証。
が過ごした。
そして、を信じてきた々の記憶。
それらすべてを、母は切に抱えていた。
ある、美紀の孫が着物を見ながら言った。
「これ、ずっと残しておいてね」
美紀はし驚いた。
「どうして?」
孫は笑った。
「だって、おばあちゃんが事そうにしているから」
その言葉を聞いた瞬、美紀は母のことをいした。
昔、母も同じような気持ちだったのだろう。
誰かに価値を説するためではない。
ただ、自分にとって切だから守る。
それだけだったのだ。
美紀は優しく頷いた。
「うん。切にするね」
その夜、美紀は久しぶりに桐箱をけた。
着物を広げ、静かに触れる。
すると、議なほど穏やかな気持ちになった。
母がまだくにいるようだった。
「お母さん」
美紀はさく語りかけた。
「ちゃんと伝えていくからね」
返事はなかった。
けれど、の夜に差し込むかりが、着物を優しく照らしていた。
まるで、母が微笑んでいるようだった。
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