"母が着続けた一枚の着物" 第2話
その言から、美紀は初めてらなかった母の過を聞くことになる。
あの古い着物には、母が何も誰にも話さなかった、ある約束が隠されていたのだった。
「本節子さん……」
美紀は、その名を何度もので繰り返した。
母の子がい、切にしまっていた着物。その内側に、自分の名ではない誰かの名が縫い込まれていた。
しかも、その着物を母は20以も着続けていた。
「お母さんは、どうして何も言わなかったんですか?」
美紀が尋ねると、母の旧友である女性は、ゆっくりと湯みを置いた。
「子さんらしいね……」
そう呟いた。
「あなたのお母さんは、昔からそういうだったよ。自分のことより、誰かのことを切にするだった」
美紀は黙って話を聞いていた。
母がそんなだったことはっている。
族のために朝く起き、父と美紀の弁当を作り、古いを何も着続けるようなだった。
しかし、美紀がっていたのは、あくまで「母親」としての子だった。
の女性として、どんなを歩んできたのか。
どんなとの約束を守り続けていたのか。
美紀は何もらなかった。
「節子さんはね、子さんにとって親友だったんだよ」
女性は静かに話し始めた。
代は昭20代。
戦争が終わってもない頃だった。
町にはまだ焼け跡が残り、々の暮らしは決して豊かではなかった。
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べ物も、も、何もかもしていた。
若い女性たちは、族を支えるために必で働いていた。
子もそのだった。
まだ20歳にも満たない頃、町のさなで働き始めた。
そこには、同じ頃の女性が何もいた。
そのに、本節子がいた。
節子はるく、付きいがな女性だった。
仕事が終わったでも、疲れた顔を見せることはなかった。
「今もよく頑張ったね」
そう言って、周囲を励ますようなだったという。
しかし、活は楽ではなかった。
ない料ではべていくだけで精杯。
しいを買う余裕などなかった。
枚のを何も切に着る。
破れた部分は自分で縫い直す。
それが当たりの代だった。
そんな、節子が切にしていたものがあった。
それが、あの紺の着物だった。
その着物は、節子が成したに母親から贈られたものだった。
戦の混乱ので、着物をしく仕ててもらうことは簡単ではなかった。
族がしずつ布を集め、をかけて作った、に度の贈り物だった。
節子にとって、それはただのではなかった。
族のいが詰まった、切な宝物だった。
「いつか、この着物を着て幸せになりたいな」
節子はよくそう話していた。
子は、その言葉を覚えていた。
しかし、はい通りにはまなかった。
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節子は結婚を控えた頃、突然体調を崩した。
最初はし疲れているだけだとっていた。
仕事も休めば治る。
が経てば元気になる。
周囲の誰もが、そうっていた。
けれど、病気はしずつ彼女の体を蝕んでいった。
当は今のように医療が発達していなかった。
治療できる病気でも、薬や設備がりず、助けられない命がたくさんあった代だった。
節子はににっていった。
それでも、周囲を配させまいとして笑っていた。
ある、病を訪れた子に、節子は言った。
「子ちゃん、お願いがあるの」
「何?」
「この着物……あなたが持っていて」
子は驚いた。
「何言ってるの。そんな事なもの、もらえないよ」
しかし節子は首を横に振った。
「私が持っていても、もう着ることはできないから」
「そんなこと言わないで」
子は涙をこらえながら言った。
節子はし笑った。
そして、静かに続けた。
「じゃあ約束して」
「この着物を着るが、ずっと幸せでいられるようにして」
その言葉のを、当の子は完全には理解できなかった。
ただ、親友が切にしていたものを預かる。
それだけだとっていた。
しかし、そのので、子は何度もその約束をいすことになる。
節子がくなった、子はしばらくの、その着物を箱にしまったままにしていた。
見るたびに、親友の笑顔をいしたからだった。
まだ若かった子にとって、切なを失うことは簡単に受け入れられるものではなかった。
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