"白いハンカチの約束" 第10話
茶い座布団も朝の差しを受けていた。
今も起きた。
今も無事だった。
今もここにいる。
言葉にすれば、たったそれだけのことだった。
けれどをね、で暮らすが増えていくほど、その「それだけ」がどれほどきなになるのかを、3はっていた。
昔ののように、隣所の事をすべてっている代ではなくなりつつあった。
誰もがしい団へ移り、らないと壁を隔てて暮らす。
族の形も変わり、子どもたちは仕事や結婚でくへく。
便利になる方で、誰にも気づかれないも増えていた。
それでもは、完全にになるわけではなかった。
廊ですれ違えば挨拶をする。
聞が残っていればし気にする。
いつもいている戸が閉まっていれば目を向ける。
そして朝になれば、向かいのベランダを度見る。
松田のいハンカチは、誰かを救うためのげさな旗ではなかった。
トメの茶い座布団も、誰かへ助けを求める印ではなかった。
ただ、
「今も元気だよ」
と伝えるための、さな返事だった。
昭の団の朝。
コンクリートの建物と建物のを、たいやのが通り抜ける。
そのので、今も1枚のいハンカチが静かに揺れていた。
し遅れて、向かい側には古い座布団が現れる。
それを見たはして窓を閉めた。
トメも湯みをに取り、自分のを始めた。
毎会わなくてもいい。
い話をしなくてもいい。
相の暮らしへ踏み込みすぎなくてもいい。
けれど、
「今もいるかな」
と度だけいす。
そんなさな気遣いにも、をさせる力があった。
そしてあの団では、そのいが毎朝、たった1枚のいハンカチに託されていた。
広告
おすすめ作品
-
完結第10話
赤いバイクと最後の新聞
昭和50年、岐阜県の山あいに、全校児童がわずか3人だけの小さな分校があった。 給食もなく、冬は石油ストーブを囲んで授業を受けるような古い木造校舎。そんな子どもたちが毎朝楽しみにしていたのは、山の外の世界を伝えてくれる一部の新聞だった。 ところが、その分校は翌年3月で閉校することが決まる。教材も雑誌も次々と止まり、子ども新聞の購読も打ち切られた。 それでも、59歳の郵便配達員・田所信一は、雪の山道を越えて毎朝新聞を届け続けた。 誰も頼んでいない。もう学校も終わる。たった3人の子どものために、なぜそこまでするのか。 分校最後の日、子どもたちは初めて知ることになる。 田所が守ろうとしていたのは、新聞そのものではなかった――。昭和1.5萬字5 9 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 916 -
完結第11話
母に届かなかった10円
昭和55年、駅前の公衆電話の横に、毎月25日だけ10円玉が一枚置かれるようになった。 落とし物にしては場所が不自然で、誰が置いているのかも分からない。新聞売りの森田は、毎月同じ日に現れるその小さな硬貨を不思議に思い、やがて駅前の子どもたちもそれを「10円の日」と呼ぶようになる。 そんなある冬の朝、森田はついに10円玉を置く女性の姿を見つける。 なぜ彼女は、誰にも知られないように毎月10円玉を置き続けていたのか。 その理由は、何十年も前、たった一枚の10円玉がなかったためにかけられなかった「あの日の電話」に隠されていた――。昭和|親子関係1.6萬字5 301 -
完結第10話
売らなかった紙
昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。昭和1.5萬字5 1792