"赤いバイクと最後の新聞" 第9話
先は持ち帰る類をまとめ、子どもたちは最まで庭をり回った。
夕方がづく。
のにいのが差した。
田所は赤いバイクの横でヘルメットをかぶった。
6のがってくる。
「田所さん」
「何だ?」
「これ」
差ししたのは、今の聞だった。
「持って帰るのかとった」
田所は言った。
は首を振る。
「学に置いとく」
「もう閉まるぞ」
「最の聞だから」
田所は瞬、の顔を見た。
「そうか」
聞は、いつも置かれていた棚へ戻された。
その棚にも、から誰もを伸ばさない。
田所はバイクのエンジンをかけた。
「じゃあな」
「田所さん」
「ん?」
「ありがとう」
田所は返事をしなかった。
ただ片をげた。
赤いバイクがゆっくり坂をっていく。
子どもたちは見えなくなるまでっていた。
その夜。
先はで舎へ戻った。
忘れ物がないか確かめるためだった。
教の気をつける。
黒板には、
「ありがとう ノ分」
の桜。
3つの机。
ストーブ。
そして棚のには、今の聞があった。
先はそれをに取った。
何度も折り返された跡がついている。
3が朝から何度も読んだのだろう。
聞を元の所へ戻した。
最に教を見回す。
「ありがとう」
誰もいない部で、先はさく言った。
気を消した。
玄関へ鍵をかける。
い、子どもたちを迎えてきたノ分の扉が閉じた。
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翌朝。
いつもの。
の郵便局では、田所が配達物を仕分けていた。
川がノ方面の袋を見て尋ねる。
「今は分、ないんですよね」
「ああ」
「じゃあ、あのはまでかなくていいか」
「ああ」
田所はそれだけ答えた。
配達へる。
赤いバイクはいつものをむ。
途に分かれがある。
へけばノ分。
へけば次の集落。
田所は瞬だけ速度を落とした。
昨までならへ曲がっていた。
のも。
のも。
午8には学へ着くように。
しかし今は、へハンドルを切った。
赤いバイクの音は、そのままの向こうへ消えていった。
ノ分へ続くには、何の音もしなかった。
舎の入には鍵がかかっている。
教から子どもの声も聞こえない。
ストーブにもは入らない。
アルマイトの弁当箱が並ぶこともない。
午8になっても、聞を待って窓へ駆け寄る子どもはいなかった。
初めて、赤いバイクはをがってこなかった。
けれどまで。
学最のまで。
あの所には聞が届いた。
田所が払ったのは、毎わずかな聞代だった。
往復に使ったも、1だけを見れば40分ほどだった。
誰かに頼まれたわけではない。
謝されるためでもなかった。
購読が打ち切られたなら、そのままやめても誰も責めなかっただろう。
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学は数かにはなくなる。
児童も3しかいない。
聞がなくても授業はできる。
々の活に困るわけでもない。
それでも田所はやめなかった。
戦争が終わったばかりのころ。
本もなく。
ラジオもなく。
見える景のほとんどがだったに、枚の聞がい町を見せた。
京。
。
国。
それまで自分の暮らすだけが世界のすべてだとっていたは、聞を通して初めて、その向こうにもの暮らしがあることをった。
その、先から教えられた。
のにんでいても、世界まで狭くなる必はない。
30いが過ぎた。
は59歳の郵便配達員になった。
昔と同じ分には、もう3の子どもしか残っていなかった。
けれど田所には、その3が聞を広げている姿が、かつての自分となって見えたのだろう。
らない町の写真を見て驚く顔。
物の記事を見て笑う顔。
京へってみたいと言う声。
を見たいという願い。
聞枚でが変わるわけではない。
その枚を読んだからといって、必ずくへけるわけでもない。
それでも、
「こののにも何かがある」
とることはできる。
そのさな気づきが、いつか子どもたち自のをの世界へ向けるかもしれない。
田所が守ろうとしたのは、ではなかった。
購読契約でもなかった。
まして、数百円分の聞でもない。
子どもたちが毎朝いていた、さな窓だった。
その窓の向こうには、からは見えない町があり、がいて、があり、国があった。
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