"赤いバイクと最後の新聞" 第3話
先が答えると、はし考えた。
「じゃあ国までける?」
「けるよ」
「どこまで?」
「の向こうまで」
は窓のを見た。
目のにはいしかない。
その向こうに何があるのか、この教からは見えない。
けれど聞には、その向こう側の写真が載っている。
「いつかってみたいな」
誰に言うでもなく、がつぶやいた。
先は黙ってその横顔を見た。
そしてふと、昔の先たちも同じように子どもたちへ聞を見せていたのだろうかとった。
何も。
まだこの分にくの児童がいたころ。
そのに、田所信というもいたことを、このの先はまだ詳しくらなかった。
ノ分の舎には、昔の卒業写真が何枚も残されていた。
廊の壁に並ぶ黒写真。
番古いものになると、児童たちは今とはまったく違う装をしている。男子は坊主がく、女子も素朴なを着て、造舎のに何列にも並んでいた。
「こんなにいたの?」
ある、級のが写真を見げた。
「このころは教がいっぱいだったんだろうな」
先も写真を見た。
40く写っているもある。
戦しばらくの、この集落にはくの族が暮らしていた。
林業。
炭焼き。
さな畑。
仕事をしながら子どもを育てるがく、朝になるとを歩いて学へ向かう児童の列ができたという。
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けれど代は変わった。
若者は町へ働きにるようになった。
の仕事だけでは活が難しくなり、族ごと町へ移るも増えた。
軒減り。
また軒減った。
児童数も10を切り、5になり、とうとう3になった。
そして昭50の。
ついに決定がされた。
翌3をもって、ノ分を閉する。
先は役から届いた類をい机のに置いたままにしていた。
分かっていたことではあった。
来、しい1が入学する予定はない。
6のは卒業する。
残る級2だけのために分を維持するのは難しい。
それでも、正式な文字として目にすると、胸の奥にいものが残った。
そのの放課。
先は3を教へ残した。
「みんなに話しておくことがあります」
いつもとは違う声だった。
6のが先を見る。
「来の3で、この学は閉まることになりました」
級のがすぐに聞いた。
「閉まるって?」
「ノ分がなくなるんだ」
「じゃあ学かなくていいの?」
もうがし嬉しそうに言ったため、6のが横からを挟んだ。
「違うだろ。町の学へくんだよ」
先が頷く。
「4からはをりた本へ通うことになります」
級の顔から笑顔が消えた。
「い?」
「今よりはいな」
「田所さんのバイクで?」
「学へは乗せてもらえないよ」
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3はしばらく黙った。
舎がなくなるということを、子どもたちはすぐには実できなかった。
も授業はある。
ストーブもある。
黒板もある。
田所も聞を持ってくる。
それが数かになくなると言われても、まだい話のようにしかえなかった。
閉のらせはにも広がった。
老たちは、
「とうとうか」
と肩を落とした。
若い世代は、
「仕方ないですね」
とにした。
誰も反対運をするわけではなかった。
児童が3しかいないという現実を、皆がっていたからだ。
田所がその話を聞いたのは、郵便局で配達物を仕分けているだった。
若い配達員の川が言った。
「ノ分、なくなるらしいですよ」
田所のが瞬止まった。
「いつ?」
「来3です」
「そうか」
それだけだった。
川はしにった。
田所があの分へ毎通っていることはっている。
何かもっと反応するとっていた。
しかし田所は、次の封筒を配達袋へ入れた。
「まあ、3じゃ仕方ないですよね」
川が続けた。
田所は返事をしなかった。
そのの朝。
いつものようにをがった。
「おはよう」
先へ郵便を渡す。
聞も渡す。
「閉、決まったそうですね」
田所が初めて自分からにした。
先はさく息を吐いた。
「はい。仕方ないですね」
「そうですか」
「来は2になりますし、しい子も入らないので」
田所は舎を見た。
古い柱。
し傾いた樋。
子どもたちが描いた絵。
廊の奥には、黒の卒業写真が並んでいる。
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