"赤いバイクと最後の新聞" 第2話
数枚のいのに、のの世界が毎朝詰まっていた。
先は聞を折りながら言った。
「今は国語が終わったら、この記事を読んでみようか」
3は斉に頷いた。
ノ分にとって、聞はただの読み物ではなかった。
それは、に囲まれたさな教から、まだ見たことのない世界へ続く窓だった。
そしてその窓を毎朝運んでくるのが、赤いバイクに乗った田所信だった。
ノ分へ届く子ども聞は、決して分いものではなかった。が読む聞よりも字がきく、難しい言葉には説がつき、写真や絵もかった。
けれど3の子どもたちにとって、それは教科とはまったく違う特別な読み物だった。
授業で習う文章には正しい答えがある。
計算にも答えがある。
しかし聞には、まだ答えの分からない来事が載っていた。
ある朝は、京のをるの記事だった。
「が面のをるの?」
級が信じられないという顔をした。
先は黒板へ簡単な絵を描いた。
「町には建物がたくさんあるから、にも線を作るんだ」
「真っ暗じゃないの?」
「駅には気がある」
「がないのに、なんでへ入るんだろう」
3は顔を見わせた。
彼らにとってという所は、炭焼きの穴やの洞窟にいものだった。そこを勢のを乗せたがっていると言われても、簡単には像できない。
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別のには、物園の象の記事が載った。
「象って、本当にこんなにきいの?」
「写真だからさく見えるけど、本当は先よりずっときいぞ」
「田所さんは見たことある?」
そのの午、郵便局へ戻る途の田所をで見つけた子どもが尋ねると、田所は笑った。
「俺も本物は見たことないな」
「田所さんも?」
「俺だって、そんなにあちこちったことがあるわけじゃない」
「じゃあ緒だ」
子どもは妙にした顔をした。
田所はその表を見て、し目を細めた。
「でも、らないから面いんだろう」
翌朝。
田所が聞を届けると、昨の子どもがすぐに聞いた。
「今は何?」
「プロ野球」
「どこの?」
「巨と」
教のから6のがびしてきた。
「勝った?」
「自分で読め」
「教えてよ」
「聞を届けるところまでが俺の仕事だ」
田所は笑いながら聞を先へ渡した。
子どもたちにとって、田所は郵便というより、毎朝「今は何が来たのか」をらせてくれるだった。
のも。
の朝も。
のも。
午8しになると、赤いバイクの音がする。
その音が聞こえると、ノ分のが始まるようだった。
ある、がった。
夜から続いたは朝までに段と積もり、庭との境目さえ分からなくなっていた。
先は今は郵便も来ないだろうとっていた。
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「こんなに無理をしてがってくる必はないからな」
窓のを見ながらそう言うと、6のも頷いた。
しかし8を過ぎたころ。
くから、かすかにエンジン音が聞こえた。
3が窓へ集まった。
いつもの赤いバイクだった。
ただし、いつものようにはっていなかった。
坂の途で田所はバイクをり、にを取られながら押していた。
チェーンを巻いた輪が空転し、そのたびに止まってはをどける。
先が玄関をびした。
「田所さん! 今はいいですよ!」
田所はくからを振った。
「ここまで来たんだから、あとしだ!」
庭へ着くころには、田所のズボンは膝までで濡れていた。
子にも肩にもが積もっている。
先が呆れたように言った。
「聞つでしょう。無理しなくても」
田所は配達袋から聞をした。
濡れないように、ビニールで包んであった。
「聞つだから来たんですよ」
先はそのを聞き返そうとした。
けれど田所は、すでに子どもたちへ向かって言っていた。
「今は国のが載ってるぞ」
「?」
「でっかいやつだ」
3の目が斉に輝いた。
その姿を見て、先はそれ以何も言わなかった。
昼休み。
ストーブのではアルマイトの弁当箱が並んでいた。
6のは聞のの写真を何度も見返している。
「こんなのに乗ったら、京までどれくらい?」
「岐阜からなら、わざわざには乗らないんじゃないか」
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