みかん小説
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"捨てた料理の代償" 第1話

が作った事なんて、汚くてべられないんだけど」

お盆の夕、義妹の杏奈は卓に並んだ料理を見ろしながら、わざとをつまむような仕をした。その隣では夫の翔太まで笑いを浮かべ、「俺もこう見えて潔癖症なんだよな」と調子をわせている。私はの顔を見たあと、腹をてる代わりに静かに箸を置いた。

「無理しなくていいですよ。べられないなら、べなくても」

その言葉を聞いた杏奈は、私が傷ついたとったらしい。勝ち誇ったように笑った彼女は、次の瞬卓の皿にを伸ばした。けれど、その夜の料理を誰が作ったのかを杏奈夫婦はらなかった。

そして私はっていた。翌朝、このの玄関をることになるのは、私ではない。

今から振り返れば、あの夕は突然起きた騒ではなかった。杏奈夫婦がをかけて積みねてきた言が、とうとう限界を越えただけだったのだとう。

私の名は奈々子。当33歳で、夫の敬吾と結婚して2目だった。今では3の子供に付きってアイドルのライブ映像まで見るようになった40代の母親だけれど、当はまだ夫婦活にも完全には慣れていなかった。

そんな私にとって、夫の母である美智子さんは「義母」という言葉から像していたとはずいぶん違った。

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結婚から私を娘のように扱ってくれ、こちらが恐縮するほど気を遣ってくれるだった。夫の父は私たちが結婚するくなっており、美智子さんは広い戸建てで暮らしをしていた。

だとね、ってこんなに広かったかしらってうのよ」

ある、買い物帰りに義母がぽつりと言った。その言葉が妙にに残り、それから私はに何度か義実へ顔をすようになった。夫が仕事で来られないでも、緒にスーパーへったり、台所にったり、午のお茶をみながら何も話した。

美智子さんも私が来るを楽しみにしてくれるようになった。けれど、私がくたびに料理やお菓子を用して待っているので、かえって気を遣わせているのではないかとい、途からはで台所につことにした。義母が煮物を作り、私が噌汁を担当し、仕事を終えた敬吾が加わって卓を囲むことも増えた。

嫁姑問題という言葉は世のにいくらでもあるけれど、なくとも私には縁がなかった。私は美智子さんを尊敬していたし、できるだけく元気でいてほしいとっていた。だからこそ、その夜に夫から話を受けた、胸の奥がたくなった。

「母さんが階段から落ちた」

義母は自宅の階段を踏みし、救急で病院へ運ばれていた。

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幸いは打っておらず、骨折したのも肋骨だけで、入院が期化するような怪ではなかった。それでも義母はすでに若いとは言えない齢だったから、私と敬吾は連絡を受けてすぐ病院へ向かった。

検査を終えた美智子さんは、痛みこそあるもののった以に元気だった。「げさにしちゃってごめんなさいね」と笑う義母を見て、私はようやく緊張を解くことができた。それでも医師からは、しばらくい物を持たず、できればにならない方がいいと言われた。

翌朝、義実で今について話していると、義妹夫婦が姿を見せた。

杏奈は敬吾の妹で、私たちが結婚したに翔太と入籍していた。結婚の挨拶らしい挨拶もなく、親族が集まったに初めて翔太を紹介されたという経緯からして、敬吾は妹の結婚にいい印象を持っていなかった。私も何度か会った程度だったけれど、義母に対する杏奈の言葉遣いと、翔太の態度には毎回引っかかるものがあった。

「まあ、肋骨くらいでよかったじゃん。母さんももうなんだから、寝たきりになったら笑えなかったし」

杏奈はそう言って笑った。隣で翔太もスマートフォンをいじりながら、「ほんと、それな」と軽く返した。美智子さんは笑って受け流していたけれど、その表瞬曇ったことを私は見逃さなかった。

やがて敬吾が、「今回みたいなことがまたあると配だから、誰かと緒に暮らした方がいいかもしれないな」

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