"実印を押さない母" 第13話
「でも悔するかもしれないから何も変えないっていうのも、違うでしょう」
直は黙った。
玄関をる、もう度のを振り返った。
「母さん」
「何?」
「売った、本当に俺にはくれない?」
佳代子は息子を見た。
直は秒ほど真顔を保ち、それから笑った。
「冗談」
「次言ったら万円取るよ」
「いな」
「相です」
で笑った。
佳代子はの売却代から、駅にい2LDKの古マンションを購入した。リフォーム済みで、浴とキッチンはこのよりずっとしい。エレベーターがあり、スーパーも病院も歩いてける。
残ったは自分の老資として運用を見直した。
直へきな援助はしなかった。
ただし杏奈と悠斗には、今の学に使えるよう、それぞれ額の教育資を別に準備した。
直には言っていない。
子どものために使うと、の活費を穴埋めするは別だと佳代子は考えた。
居へ移って最初の夜。
佳代子はで夕をべた。
蔵庫には自分が買った物しか入っていない。
牛乳はさいパック。
卵は6個。
米は2キロ。
族と暮らしていたなら、数でなくなる量だった。
噌汁を杯分作った。
焼き魚を切れ。
ほうれんのおひたし。
卓は静かだった。
し寂しかった。
それでも佳代子は、その寂しさを失敗だとはわなかった。
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誰かと緒に暮らせば、寂しくないとは限らない。
で暮らせば、必ず孤独になるわけでもない。
週の曜。
インターホンが鳴った。
杏奈と悠斗だった。
ろに直と美もいる。
「来るって言った?」
佳代子が聞くと、美が笑った。
「昨メッセージしました」
佳代子は携帯話を確認した。
本当に来ていた。
読んでいなかった。
「ごめん」
「珍しいですね」
「だから誰にも予定確認されないの」
悠斗が袋を持ちげた。
「唐揚げの材料!」
「私が作るの?」
「うん!」
佳代子は笑った。
「今はパパが作ります」
直がろから言った。
「俺、覚えたから」
「何を?」
「唐揚げ」
「私と同じ?」
「たぶん違う」
「じゃあべてあげる」
が部へ入った。
美は勝にキッチンへ入らず、「これ、蔵庫入れていいですか」と聞いた。
ほんのさなことだった。
佳代子は気づいた。
「いいよ」
答えた。
直が台所で鶏肉を切る。
悠斗がテレビをつける。
杏奈は窓からを眺め、「駅いね」と言った。
佳代子はソファに座って、その様子を見た。
のなら、自分が台所にっていただろう。
今は座っている。
誰も満を言わない。
唐揚げはし焦げた。
も佳代子のものよりかった。
悠斗は「ばあばの方がおいしい」と正直に言い、直がった。
皆で笑った。
帰る、美が言った。
「また来てもいいですか?」
以なら、佳代子は反射に「いつでも来なさい」
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と答えただろう。
今回はし考えた。
自分の予定。
自分の。
自分の気分。
それを度確認してから言った。
「連絡してくれたらね」
美は笑った。
「分かりました」
玄関でを見送った。
直が靴を履き、最に振り返る。
「母さん」
「何?」
「今の、気に入った?」
佳代子は部を見た。
さい。
庭はない。
夫とのいもほとんどない。
壁もも、まだ自分の活の跡がついていない。
それでも、佳代子が自分で選んだだった。
「うん」
迷わず答えた。
が帰ったあと、玄関の鍵を閉めた。
以のの鍵は、もう元にない。
しい鍵を掌にのせる。
さく、軽かった。
名義変更のに、佳代子はの名義を息子へ変えなかった。
代わりに変えたのは、自分の役割だったのかもしれない。
何でも引き受ける母親。
無料で事をする祖母。
いつかを渡すだけの所者。
族の空気を守るために黙る。
その全部を、度自分の名からした。
族をやめたわけではない。
息子は息子だった。
孫もかわいい。
美とも、これからしずつしい付きい方を作ればいい。
ただし「族だから」という言葉だけで、誰かのや財産や気持ちを勝に使ってはいけない。
それは親でも。
子どもでも。
同じだった。
佳代子は蔵庫をけた。
今、直たちが持ってきたプリンがつ残っている。
計は午8をし過ぎていた。
普段なら、このに甘い物はべない。
し考えた。
べたかった。
佳代子はプリンを取りした。
誰にも聞かなかった。
誰の許もいらなかった。
しいのさな卓で、ゆっくり蓋をけた。
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