"母に届かなかった10円" 第11話
そう考えると、森田は25の10円玉を、もう単なる銭とはえなかった。
昭55。
駅の公衆話では、今も受話器ががり、10円玉が属音をてて落ちていく。
「もしもし」
たった言から始まる話の向こうには、それぞれの暮らしがあった。
誰かの帰りを待つ。
くれた族。
配している親。
連絡を待っている子ども。
そして、もう度だけ声を聞きたいと願う。
そんな無数の声がき交う駅の片隅に、毎枚だけ置かれる10円玉があった。
誰かに褒められることもなく、聞に載ることもなく、その理由をるもほとんどいない。
それでも女は置き続けた。
あの、自分にはにわなかった枚を。
今度は、誰かににうかもしれない枚として。
母親へかけられなかった「あのの話」は、もう度とかけ直すことができない。
けれどその悔からまれた10円玉は、毎別の誰かの話へつながる能性を持っていた。
そうして女は、自分のだけに残っていたしい記憶を、ほんのしずつ誰かのためのものへ変えていったのかもしれない。
名も残さず、理由も語らず。
ただ毎25。
公衆話の横へ、枚。
それは、何経っても母親へ返すことのできなかった10円であり、同に、まだ見ぬ誰かへ先に渡しておく10円でもあった。
そして森田は、そのさな貨を見るたびにうようになった。
を救うものは、いつもきなものとは限らない。
には、誰にも気づかれないほどさな枚が、誰かの「にわなかった」を「にった」に変えることもあるのだと。
なくとも女は、そう信じていた。
だから今も、公衆話の横には10円玉が置かれていた。
あの、自分が番欲しかった所に。
今度こそ誰かの声が、切なへにうように。
広告
おすすめ作品
-
完結第11話
22年目の母席
7歳の時から、美緒を育ててきた高瀬京子。 血のつながりはなくても、熱を出した夜にそばにいたのも、弁当を作ったのも、卒業式や成人式に付き添ったのも、すべて京子だった。美緒もまた、いつしか彼女を「お母さん」と呼ぶようになっていた。 しかし結婚式を前に、22年間ほとんど姿を見せなかった実母・麗子が現れる。 実の母親という分かりやすい肩書。結婚祝いの200万円。そして、相手方の家族が求める“普通の形”。 やがて美緒は、京子に告げる。 「今回は、麗子さんにお願いしたい」 さらに結婚式当日だけは、自分を「京子さん」として扱ってほしいと頼まれた京子。22年間積み重ねてきた日々は、たった一言で母親の席から外されてしまう。 本当の母親とは、産んだ人なのか。それとも、そばに居続けた人なのか。 娘の結婚式を前に、京子が初めて自分の傷と向き合う、静かな家族の物語。因果応報|親子関係1.7萬字5 122 -
完結第11話
余ったパンの嘘
昭和43年、東京近郊の古い木造小学校。 5年生の担任・村上昭一には、子どもたちが気になって仕方ない習慣があった。給食の時間になると、牛乳とおかずは食べるのに、コッペパンだけは毎日ほとんど口にしない。そしてそれを紙に包み、古びた革鞄の中へそっとしまうのだ。 「先生、今日も持って帰るの?」 子どもたちが尋ねても、村上はただ「腹いっぱいなんだよ」と笑うだけだった。 けれど、毎日続くその行動には、誰にも言えない理由があった。 ある放課後、どうしても気になった3人の男子は、先生の後をつけることにする。黒い自転車で工場町を抜け、川沿いの砂利道を進んだ先にあったのは、河川敷に建つ小さな家だった。 そこで子どもたちは、先生がなぜ「余った」と言い続けていたのかを知る。 1本のコッペパンに込められていたのは、ただの親切ではなかった。相手の誇りまで守ろうとした、静かな優しさだった。昭和1.6萬字5 112 -
完結第13話
実印を押さない母
3年前、「半年だけ」という約束で始まった息子一家との同居。 夫を亡くし、一人暮らしだった67歳の佐伯佳代子は、息子夫婦と孫たちを自宅に迎え入れた。最初は賑やかで温かな暮らしだったが、いつの間にか食事、洗濯、孫の送迎、生活費の負担まで、すべてが佳代子の“当然の役目”になっていく。 そんなある日、息子が何気ない口調で切り出した。 「母さん、この家さ。そろそろ俺の名義にしない?」 家族だから。どうせ将来は相続するから。リフォームのためだから。 そう説明されながらも、佳代子の胸には小さな違和感が残る。そして偶然見つけた一枚の書類には、名義変更後の家の売却と、佳代子を高齢者住宅へ移す計画が書かれていた。 家族のために黙ってきた母が、初めて自分の人生を選び直す。 名義変更の日、佳代子が判子を押したのは、家を渡す書類ではなかった――。嫁姑|親子関係|金銭問題2.0萬字5 82 -
完結第12話
閉店写真館の11通
閉店まで残り90日。 57年続いた高瀬写真館を片づけていた佐知子は、暗室の古い引き出しから、父の字で「未引取」と書かれた11通の封筒を見つける。 中に入っていたのは、1990年代から2000年代初めに現像されたまま、誰にも受け取られなかった写真たちだった。 夏の河原で笑う家族。クリスマスの夜に並ぶ姉妹。小学校の運動会。何気ない日常の一枚一枚には、持ち主たちが忘れたはずの時間と、言えなかった後悔が静かに残されていた。 佐知子は閉店までに、できる限り写真を持ち主へ返そうと決める。 けれど、封筒を開けるたびに戻ってくるのは、他人の記憶だけではなかった。 その中の一枚に写っていたのは、12歳だった自分の娘・真理。 写真に残っていた笑顔の外側で、母と娘の間には、長いあいだ言葉にできなかった寂しさが眠っていた。 受け取られなかった写真は、何を取り戻し、何を変えられないまま残すのか。 閉店する小さな写真館を舞台に、家族、記憶、後悔、そして写真に写らなかった時間を描く物語。親子関係1.7萬字5 59 -
完結第10話
売らなかった紙
昭和48年、オイルショックの不安が日本中を包み、商店街から次々と日用品が消えていった。 大阪の小さな乾物屋「丸福商店」にも、ある日、待ち望まれていたトイレットペーパーが入荷する。店先にはたちまち人が集まり、誰もが一つでも多く手に入れようとした。 ところが店主・福田源蔵は、奥に在庫があるにもかかわらず、こう貼り出す。 「本日、トイレットペーパーは販売いたしません」 客たちは怒り、源蔵を責めた。値上げするつもりなのか、隠しているのか、商売人としてひどいのではないか――。長年の常連までもが、冷たい言葉を残して店を去っていく。 それでも源蔵は、最後まで売らなかった。 その夜、店のシャッターが下りた後、彼は誰にも言わず、自転車の荷台に白い包みを積み始める。 売らなかったのは、儲けるためではなかった。 あの夜、源蔵が本当に守ろうとしていたものは、棚の商品ではなく、この町に残る小さな信用だった。昭和1.5萬字5 1546 -
完結第10話
墓前の偽息子
夫の命日、文子は一人息子の誠と並んで墓前に手を合わせていた。 その時、文子の携帯に「誠」から電話がかかってくる。 しかし、本物の誠は今、すぐ隣で父の墓に手を合わせていた。 電話口の男は、息子のふりをして言った。 「母さん、仏間の金庫の暗証番号を教えてくれないか」 相手は、文子の家に金庫があることも、最近暗証番号を変えたことも知っていた。さらに電話の向こうから聞こえてきたのは、誠の妻・和子の声だった。 これはただの詐欺なのか。 それとも、家族の中に裏切り者がいるのか。 亡き夫が残した言葉を胸に、文子は慌てず、静かに確かめることを選ぶ。 そして家へ戻った母子が見たのは、想像もしなかった妻の本性だった――。因果応報|親子関係1.5萬字5 1017 -
完結第12話
不機嫌夫の末路
夫の大地は、気に入らないことがあると黙り込む人だった。 怒鳴るわけでも、手を上げるわけでもない。ただ返事をしない。目を合わせない。家の中を冷たい沈黙で満たし、妻の望美が謝るまで何事もなかったように振る舞う。 望美はそれを、夫婦ならよくあることだと思い込んでいた。 しかしある日、大地の沈黙は4歳の娘・ひなにまで向けられる。父親に無視された娘は、布団の中で小さくつぶやいた。 「パパ、ひなのこと嫌いになっちゃったの?」 その一言で、望美は自分の幼い頃を思い出す。父の機嫌を読み、母が謝る姿を見ながら育ったあの日々。そして今、自分も同じことを娘に繰り返させようとしていることに気づいてしまう。 夫と向き合おうとした望美に、大地は言い放つ。 「そっちの方こそモラハラだろ?」 届かない言葉。変わらない沈黙。けれど、4歳の娘が口にしたある一言が、望美の中で長く続いてきた連鎖を断ち切る決意へと変わっていく。夫婦|親子関係1.7萬字5 336 -
完結第10話
消えなかった500円
昭和42年、町工場で働く佐々木正雄は、給料日のたびに茶色い封筒から500円だけを抜いていた。 家計を預かる妻・春江にとって、その500円は決して小さな額ではなかった。米代、学校の集金、娘の靴、毎日の食卓。10円、20円を切り詰めて暮らす中で、夫が理由も言わずに毎月同じ金額を消していくことが、春江にはどうしても許せなかった。 酒なのか、競馬なのか。それとも、妻には言えない誰かのためなのか。 問い詰めても、正雄はただ「俺の小遣いだ」としか答えない。夫婦の間に小さな疑いを残したまま、500円の謎は長い年月の中へ埋もれていった。 やがて時代は流れ、娘たちは巣立ち、正雄もこの世を去る。 遺品整理の途中、春江は押し入れの奥から一冊の古い大学ノートを見つける。そこに残されていたのは、昭和42年から何年も続く「500円」の記録だった。 夫が最後まで語らなかった、その金の行き先とは。 20年以上たって初めて明かされる、不器用な父の小さな秘密。人生逆転|親子関係1.5萬字5 5710 -
完結第11話
ママ卒業の代償
7歳の孫・ひなが、突然学校へ行けなくなった。 息子夫婦から頼まれ、しばらく預かることになった私は、玄関に立つひなの姿を見て言葉を失う。昔はよく笑い、庭を走り回っていたあの子が、まるで感情をなくしたように無表情になっていたのだ。 声をかけても返事はなく、夜中には眠りながら何度も「ママ、ごめんなさい」と繰り返す。学校で何かあったのだと思っていた私たち夫婦は、ひなを責めず、ただ安心できる場所を作ろうとした。 少しずつ笑顔を取り戻していくひな。そんなある日、一緒にクリスマスケーキを作っていると、彼女は涙を浮かべてこう言った。 「助けて。私を、この家の子供にして」 その一言で、私たちは本当の異変に気づき始める。 ひなが怖がっていたのは、学校ではなかった。そして、母親がネット上で見せていた“理想の母親像”には、誰も知らない大きな嘘が隠されていた。 それから16年後。 パティシエになったひなのもとへ、1本の電話がかかってくる。そこから明かされたのは、あの日すべてを捨てて“ママを卒業した”女の、その後の姿だった。祖父母と孫|親子関係1.7萬字5 665 -
完結第10話
形見を捨てた嫁の代償
妻の三回忌の日、68歳の竹内正男は、久しぶりに帰ってくる息子一家のため、亡き妻がよく作っていた煮物と甘い卵焼きを用意していた。 孫に妻の思い出を伝えようと、正男は40年間大切に使われてきた花柄のエプロンを見せる。それは妻が家族のために台所に立ち続けた証であり、正男にとって何より大切な形見だった。 しかし嫁の彩花は、そのエプロンを何のためらいもなくゴミ袋へ放り込む。 「古いものは整理した方がいいですよ」 その一言で、正男の中の何かが静かに崩れた。 ところがその後、彩花は仏壇の横に置かれた一通の封筒を見つける。そこに書かれていたのは、マンション2棟と預金3000万円、そして遺言書という文字。 次の瞬間、さっきまでゴミ扱いしていた形見を、嫁は突然「大切にします」と言い出した。 形見の本当の価値は、金で測れるものなのか。 亡き妻が残したエプロンをめぐり、家族の本音が静かに暴かれていく。親不孝|親子関係1.5萬字5 2400