"売らなかった紙" 第5話
シャッターは閉まっているが、帳の奥だけ裸球がついており、内には昆布と醤油、それに灯油の混じったような匂いが残っている。源蔵はえ切ったをストーブへかざし、しばらく何も言わなかった。
「全部届けた?」
「ああ」
「医院も?」
「渡してきた」
澄はい番茶を湯呑みに注いで夫のへ置いた。
源蔵は両で湯呑みを包み、ようやく息を吐いた。指先が赤くなっており、自転のハンドルを握り続けていたせいでの甲まで張っている。
「最初から、そのつもりやったの?」
澄が尋ねると、源蔵はさく頷いた。
「問から入るって話あったから?」
「そのから考えてた」
「だったら言うてくれたらよかったのに。私、今ずっと胃が痛かったわ」
源蔵はし申し訳なさそうに目を伏せた。
「言うたら澄、顔にるやろ」
「何それ」
「客に聞かれたら説してまう」
澄は呆れたが、反論できなかった。確かに自分なら「の悪いのために取ってあります」と言ってしまっただろう。そうなれば、ので「うちにも齢の親がいる」「私だって子どもがいる」と別の争いが始まっていたかもしれない。
「でも、昼に普通に売ったらあかんかったん?」
「売ったら、う来たから持っていく」
「つにすれば?」
「今から急に決めたら、それでも揉める。昨までつ買えたのにって言うもおるし、『族がい』って言うもおる」
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源蔵は番茶をんだ。
「何より、列に並べるはまだええんや」
澄は夫を見た。
「並べへんがいる」
その声は静かだった。
「の悪い、病抱えてる、赤ん坊かられられへん。まで来られへんは、何待っても順番回ってこん」
「だからられても売らなかったの?」
「られる方がましや」
源蔵はの奥に残った箱へ目を向けた。
「本当に困ってるの分まで、なくなる方が嫌や」
澄はすぐには答えなかった。
を緒に切り盛りして30くになるが、夫が何を考えているのか分からなくなるがある。普段はが悪く、客にもうし笑えばいいのにとうこともいのに、こういうだけ妙に頑固だった。
「はどうするん?」
「包にする」
「今って帰ったも来るよ」
「来たら売る」
「嫌言われても?」
「はや。ってるにもるやろ」
澄はわず笑った。
「ほんま、商売向いてへんわ」
「ってる」
源蔵もしだけ笑った。
その夜、はの奥で残りの商品を数えた。届けた分を差し引いても、の朝に定数を販売できるだけの庫は残っている。それでも何も押し寄せれば、昼にはなくなるだろう。
源蔵はを枚取りし、ペンを握った。
「何くの?」
「の決まりや」
彼はゆっくりときな字をいた。
「族包まで。いつもの値段です」
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そしてし考えた、そのへさな文字を追加した。
「の悪い方、ご病気の方は申してください。お届けします」
澄はその文字を読んだ。
「『いつもの値段』までくん?」
「値げするとわれてるからな」
「今あんなに疑われたの、気にしてたんや」
源蔵は何も答えなかった。
澄は笑いながら、貼りを乾かすため帳のへ置いた。
夜10を過ぎると、商はすっかり静まり返った。くでのる音が聞こえ、そのに油ストーブの芯がさく鳴っている。
源蔵はそのを見つめながら、ぽつりと言った。
「怖いんやろな、みんな」
「何が?」
「なくなることがや」
その言葉に、澄は返事をしなかった。
自分だって昨、砂糖をもう袋買っておこうかとった。
にまだあるのに。
「なくなる」と言われただけで。
元へ。
置いておきたくなった。
源蔵が止めようとしているのは、客の欲ではなかった。
だった。
翌朝、丸福商のには30分からが集まり始めた。昨って帰った顔も何か見え、腕を組みながら「今は本当に売るんでしょうね」と話している。澄は簾をすから緊張していたが、源蔵はいつもと同じように先を箒で掃いていた。
午7半。
源蔵は昨いた貼りを柱へした。
「族包まで。いつもの値段です」
そののさな文章を読んだが、「配達もするんやって」
と隣のへ教えている。