"売らなかった紙" 第4話
商のかりを抜けると、宅は急に暗くなり、灯の隔も広くなる。荷台でトイレットペーパーの包みが揺れるたび、源蔵は何度も振り返って紐を確かめた。
最初の届け先は、吉田しげのだった。
玄関を叩くと、しばらくして杖をつく音が聞こえた。
「誰です?」
「丸福です」
戸がしき、しげが驚いた顔を見せた。
「源蔵さん、こんなにどうしたん?」
源蔵は荷台から包だけ取りした。
「吉田さん、これ置いとくで」
しげはい包みを見て、言葉を失った。
「これ、もうどこにもないって聞いたよ」
吉田しげは両で包みを受け取りながら、そうに源蔵を見た。代を払おうと財布を取りに戻ろうとしたが、源蔵は「でええ」と止めた。しげが「でも、あんたのも変なんやろ」と配すると、源蔵は「つ売ったくらいで潰れへん」と笑った。
しげのをた、源蔵は田辺へ向かった。玄関をけた田辺の妻は、介護用の掛けを腰に巻いたままで、奥から夫の咳が聞こえてきた。トイレットペーパーを差しすと、妻はしばらく包みと源蔵の顔を見比べ、突然目を伏せた。
「今、買いにこうとってたんやけどね。所のが『何も並んでる』って言うから、うちのをにしてられへんかったんよ」
「無理して並ばんでええ」
「でも、次いつ入るか分からんのでしょう?」
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「なくなりそうになったら言い。何とかする」
源蔵には本当に何とかできる保証などなかった。次の入荷がいつになるか、問ですら「分からない」と言っている。それでも、だけを抱えてで夫を介護している女性に「らん」とは言えなかった。
では、赤ん坊を抱いた若い母親が玄関へてきた。源蔵を見るなり「今はで変やったんでしょう」と言われ、どうやら昼の騒ぎはすでに所にれ渡っているらしかった。源蔵はし気まずそうにを掻き、「変なんはこっちやなくて、あんたやろ」と赤ん坊を見た。
「、まだあるか?」
「あとつあります。でも夫が帰ってから買いにってもらおうとってて……」
「これ使い。旦さん、仕事帰りにを何軒も回らんでええ」
若い母親は何度もをげた。
源蔵はげさな礼を嫌い、「赤ん坊起きるで」と言って々に自転へ戻った。たいのをっているうちにが痛くなり、袋をしていても指先の覚がれていった。
最に医院へ着いたには、午8半を過ぎていた。医院の玄関灯だけがくり、待の奥ではまだ護師が片付けをしている。受付へ声をかけると、院の妻が驚いててきた。
「福田さん、どうしたの?」
「、りん言うてたやろ」
源蔵が持ってきた分を見せると、院の妻は瞬言葉を失った。
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数から業者へ頼んでも入荷予定がたず、院内の庫をしずつ節約していたところだった。
「でも、今これ、ものすごく貴なんでしょう?」
「患者さんになくなりましたとは言われへんやろ」
「代、今払います」
「でええ」
源蔵はまた同じことを言った。
院の妻は財布を持ったまま、「福田さん」と呼び止めた。
「今、おで売らなかったって聞いたけど……これのため?」
源蔵は自転のハンドルへをかけたまま、しだけ笑った。
「そんなんげさな話やない」
それ以は説しなかった。
帰り、源蔵は商とは反対側の坂をゆっくり登った。荷台はかなり軽くなっていたが、体の方は疲れていて、途から自転を押して歩いた。空を見げると、の切れから細いがていた。
戦争が終わった頃。
どころか。
米も。
鹸も。
も。
何も。
りなかった。
父親が。
を。
やっていた。
源蔵は子どもの頃、客が商品を奪いうように買う姿を帳の隅から見ていた。あるの、最の米袋を巡っての女性が言い争い、が泣きながら帰っていったことを今でも覚えている。
その晩、父は源蔵へ言った。
「物がないは、売る方も試されるんや」
子どもだった源蔵にはが分からなかった。
ただ、その言葉だけが何も残っていた。
今夜になって、ようやくし分かった気がした。
午9過ぎ、源蔵が丸福商へ戻ると、澄はの奥でさな油ストーブにやかんを載せて待っていた。