"聖火と十円玉" 第5話
正治は、仕方ないと言った。
それだけだった。
もしあの、無理にでも自分が部品を届けていたら。
そんなことまで考えるようになった。
だが、いなくなった理由が分からない以、何を悔やめばいいのかさえ分からなかった。
3目の夜。
社はを閉める、正治の旋盤のにった。
裸球のが、油のついた械の表面に鈍く反射していた。
「どこで何してるんだ、馬鹿野郎」
さく呟いた。
返事があるはずもない。
戸締まりを済ませ、社は帰った。
その夜も、文子のの玄関はかなかった。
そして4目の朝を迎えた。
にはいつも通り職たちが集まり始めていた。
誰もが正治のことを気にしながらも、声にす者は減っていた。
のどこかで、くなるかもしれないとい始めていたからだ。
社が引き戸をけ、裸球をつけた。
若い職が掃除を始めた。
旋盤に油を差す音がした。
そのだった。
ので、自転のブレーキが鳴った。
誰かが何気なく顔をげた。
入りのに、1台の古い自転が止まっていた。
その横に男がっていた。
髭が伸びていた。
古い着は汚れ、にはい包帯が巻かれている。
誰もすぐには声をせなかった。
4、どこを探しても見つからなかった男。
佐伯正治が、まるでいつもの勤に遅れてきただけのような顔で、のにっていた。
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最初にいたのは社だった。
引き戸を勢いよくけ、へた。
「お……」
言葉が続かなかった。
正治は自転のスタンドをて、申し訳なさそうにをげた。
「すみません」
その言で、社のに溜まっていたものが気に噴きした。
「すみませんじゃない!」
に響くほどの声だった。
「お、どこへってたんだ! のがどれだけ配したとってる! 警察までいてるんだぞ!」
正治は黙っていた。
若い職たちも入りに集まってきた。
誰も笑っていない。
っている者もいた。
して泣きそうな顔をしている者もいた。
正治の髭は伸びていた。
着には埃のような汚れがつき、作業着もていったのままに見えた。
の包帯だけが、4にはなかったものだった。
「事故だったんですか」
若い職が尋ねた。
正治は首を横に振った。
「じゃあ何なんです」
また沈黙した。
社はさらに腹をてた。
「黙ってたら分からんだろう!」
正治はのへ入り、自分の作業台まで歩いた。
4とほとんど変わらない所。
油差し。
布切れ。
湯呑み。
それらを度見回すと、着の内側から折り畳まれたを取りした。
「これ」
作業台のに置いた。
社がに取った。
病院の領収だった。
「病院?」
「うん」
「おが入院してたのか?」
「違う」
「じゃあ何だ」
正治はようやく子に腰をろした。
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職たちが周囲を囲んだ。
それでも正治は、すぐには話し始めなかった。
何から説すればいいのか考えているようだった。
社は領収を握りながら待った。
やがて正治がをいた。
「部品を届けたのは、3だった」
「それは向こうから聞いた」
「そのあと自転で帰った」
「だったら、どうしてに帰ってない」
「品川のくまで来ただった」
正治の声はいつもと変わらずかった。
「が倒れてた」
社の表が変わった。
若い職たちも黙った。
「老だった」
正治は続けた。
端に、を取った男が倒れていた。
最初は座り込んでいるだけかとった。
しかしづいてみると、体を起こせない状態だったという。
その辺りにはがいなかったわけではない。
むしろ普段よりはかった。
京オリンピックの会式が始まる刻がづいており、駅へ急ぐ、テレビを見るためへ帰る、仕事をめに切りげたたちがき交っていた。
何かは老を見ていた。
振り返ったもいた。
ち止まりかけたもいた。
けれどくは、そのまま通り過ぎていった。
「会式が始まるから、みんな急いでたんだとう」
正治はそう言った。
彼自も急げばへ帰れるかもしれなかった。
文子と緒にテレビを見ることができたかもしれない。
何に度あるかないかの来事だった。
それでも正治は自転を止めた。
老のそばにしゃがみ込んだ。
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