みかん小説
本棚

"聖火と十円玉" 第3話

取引先までって部品を渡す。

それからへ帰る。

それだけのことだった。

妻の文子も同じだった。

その朝、正治はいつも通り噌汁をみ、簡単な朝を済ませていた。

「今く帰れるの?」

文子が聞いた。

正治は箸を置きながら考えた。

「どうかな」

「オリンピックのくらいく帰ってきたらいいじゃない」

「仕事が終わればな」

「テレビ、見られるかな」

文子が笑うと、正治もわずかに元を緩めた。

それが朝の最の会話だった。

文子は夕方になれば夫が帰ってくるとっていた。

会式を最初から見られなくても、夜になれば何度も映像が流れるだろう。

緒に見ればいい。

そう考えていた。

そのの午、正治は確かに取引先へ到着した。

3になるだった。

油の染みた作業着に古い着を羽織り、自転の荷台からの包みをした。

「急ぎなんだろう」

受け取った担当者に、それだけ言った。

6個の部品は全て揃っていた。

寸法にも問題はなかった。

正治は受領の確認をすると、話もせず建物をた。

ここまでは、の調査でもはっきり確認された。

問題は、その先だった。

取引先の建物をた午3から、4の朝まで。

佐伯正治がどこで何をしていたのか。

族もの仲も、そのはまだ何もらなかった。

会式が始まる頃、京の町からが減った。

広告

には勢が肩を寄せい、画面を見げていた。に入りきれない々は歩から覗き込み、子供たちはの隙から必に画面を見ようとしていた。

の若い職たちも、それぞれの所で会式を見ていた。

誰かのでは、狭いに親戚まで集まっていた。

別のでは、テレビの映りが悪くなるたび、根のアンテナをかすがいた。

ち、垣のろから選団の入を眺めていた。

その度だけ正治のことをした。

今頃はに着いただろうか。

わなかったとしても、あの男なら気にしないだろう。

そうっただけだった。

5を過ぎた。

文子は自宅で夕の準備を始めていた。

正治が好きなものを特別に作ったわけではない。いつも通りの卓だったが、今く帰るかもしれないとい、ご飯だけはめに炊いていた。

ところが玄関はかなかった。

「遅いな」

計を見て、文子は呟いた。

仕事が引いたのだろうとった。

あるいはの仲緒に、どこかでテレビを見ているのかもしれない。

7

それでも正治は帰らなかった。

文子の胸に、ようやくさなまれた。

正治は遅くなる、必ず何らかの形でらせる男だった。

数はない。

もよくない。

広告

だが族に余計な配をかけることを嫌っていた。

文子は夕に布巾をかけ、玄関のた。

にはまだ輪の余韻が残っていた。

所のからテレビの音が聞こえる。

笑い声もする。

普段なら正治も、そのどこかを通って帰ってくるはずだった。

8を過ぎた頃、文子はへ向かった。

は閉まっていた。

くにんでいる社を訪ねると、社は驚いた顔をした。

「佐伯、まだ帰ってないのか?」

「はい。じゃないんですか」

「午に部品を届けにた。それきりだよ」

「どこへ?」

が取引先の名を伝えた。

文子の顔が変わった。

もそれを見て、ようやく事態の異常さに気づいた。

すぐに取引先へ連絡を取った。

返ってきた答えはなものだった。

「佐伯さんなら来ましたよ」

「何です?」

「午3だったといます」

「それから?」

「部品を置いて帰りました。特に変わった様子はなかったですよ」

は受話器を握ったまま黙った。

正治は仕事を終えていた。

それなのにへ戻っていない。

「帰りで事故に遭ったんじゃないか」

が言った。

文子はその言葉に息を詰めた。

2は病院へ話をかけ始めた。

の分からない事故患者が運ばれていないか。

52歳くらいの男性はいないか。

黒っぽい作業着を着て、古い着を羽織っている。

何軒か問いわせても、正治らしい患者はいなかった。

駅にもった。

交番にも届けた。

夜がくなるにつれ、文子のきくなった。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: