"福嫁の逆転茶屋" 第9話
その言葉を聞いた宗介は、しの自分をいした。
泡とは何か。
良い茶とは何か。
父が作った形を失えば、自分まで価値を失うようにじていた。
おもまた、美しいと言われる自分しからないのかもしれない。
数。
福は姉を泡へ招いた。
きな会ではない。
泉兵。
宗介。
福。
お。
そして昔から泡へ通っている数の客だけ。
福はそれを「見えないものをわう茶会」と呼んだ。
おは泡へ入るなり、内を見回した。
かつての華やかな美しさは変わらない。
けれど頬はし痩せ、目のには疲れがあった。
「随分派になったのね」
言葉には棘がある。
福は穏やかに答えた。
「皆様のおかげです」
おはで笑った。
「太っているだけの子だとっていたのに」
宗介の顔が険しくなる。
だが福は何も言い返さなかった。
ただ静かに茶を入れた。
そして姉のへ、つのい菓子を置いた。
形は「母待ち」に似ている。
けれど、しりが違った。
「こちらを」
おが眉をひそめる。
「私に?」
「はい。姉様に召しがっていただきたくて」
おはしばらく菓子を見ていた。
やがて、さくかじる。
豆。
柚子。
その奥に、ほんの僅かなばしさがあった。
の匂いにも似ている。
炒った穀物のだった。
おのきが止まる。
そのが、い記憶を呼び起こした。
広告
まだおが「美しい娘」と呼ばれる。
福が「太った妹」と笑われる。
幼い姉妹は、泉の裏庭でよく遊んでいた。
がりのにはとも裾をだらけにし、母に叱られた。
腹を空かせて台所へ駆け込むと、母は余った豆に炒った穀物を混ぜ、形の悪い菓子を作ってくれた。
価なものではなかった。
売り物にもならない。
姉妹だけがべただった。
おの唇が震えた。
「どうして……」
福は静かに言った。
「姉様は昔、このがお好きでした」
おの目から涙がこぼれた。
「忘れてた」
両で顔を覆う。
「私、忘れてた」
誰もを挟まなかった。
「いつから……」
おは泣きながら言った。
「いつから私は、美しいと言われることだけ欲しがるようになったの」
福はただ隣に座った。
「私、あなたを馬鹿にしてた」
「はい」
「太ってるって笑った」
「はい」
「お客様のにたら恥ずかしいって言った」
福の目にも涙が浮かぶ。
「覚えています」
おはさらに泣いた。
「でも本当は怖かったの」
福が姉を見る。
「何がですか」
「美しいと言われなくなったら、私は何もなくなる気がしてた」
おは両を見た。
「嫁ぎ先でも、ずっとそうだった。綺麗だと言われるを着て、褒められればした。でも誰も褒めてくれないと腹がった」
声が震える。
「気づいたら、誰もそばにいなくなった」
福はしばらく黙っていた。
広告
そして言った。
「姉様にも残っています」
おが顔をげる。
「何が」
「をうです」
「私に?」
「はい」
福はし笑った。
「ただ、く使っていなかっただけでございます」
おはまた泣いた。
しばらくして福が言う。
「姉様」
「何」
「この、がりません」
おは涙のまま福を見る。
「私に働けと言うの?」
「はい」
宗介も驚いた。
「最初から覚えてくださいませ」
福は穏やかに続ける。
「茶碗の洗い方も、お客様の見送り方も、菓子を包むの折り方も」
おは泣きながら笑った。
「厳しいのね」
福も笑う。
「姉様には、し厳しくいたします」
その瞬。
い向きうことのできなかった姉妹のに、初めて柔らかな空気が流れた。
おが泡で働き始めた最初の。
の誰もが緊張していた。
あれほど美しい娘が、裏で茶碗を洗っている。
昔から泉をる客なら、それだけで驚くだろう。
だがお自が最も戸惑っていた。
「福」
「はい」
「この茶碗、本当に私が洗うの?」
「そうです」
「女がいるでしょう」
福は笑った。
「今は姉様が入りでございますから」
おは何か言い返しかけた。
だが結局、袖をたすきでまとめた。
「分かったわよ」
最初の茶碗を置いた瞬。
かちゃん、ときな音がした。
福が振り返る。
「もうし静かに」
「割れてないでしょう」
「割れなければよいのではありません」
「どうして」
福は茶碗を受け取り、そっと盆へ置いた。
ほとんど音がしない。
「お客様が静かにお話ししている、この音が続けば落ち着けません」
おはを閉じた。
次に菓子の包みを折らせると、端がずれた。
広告
おすすめ作品
-
完結第14話
35万円の空冷蔵庫
大晦日、妻の弓が35万円かけて用意した正月料理が、冷蔵庫から一つ残らず消えていた。 持ち去ったのは、夫・健一の母と弟。松阪牛、タラバガニ、有名料亭のおせちまで奪いながら、彼らは笑ってこう言い残す。 「明日はカップ麺でも食べてなさい」 20年間、“長男の嫁”として姑に尽くし続けてきた弓。いつか本当の家族として認めてもらえると信じ、理不尽な仕打ちにも耐えてきた。 しかし、その夜、健一は知ってしまう。食材を奪っただけでは終わらない、母と弟が5年前から隠し続けていた金の秘密を。 元日の新年会。食卓に並んだのは、豪華な料理ではなく一箱のうどんだけ。 だが、襖の向こうには親戚たちが集まり、20年間隠されてきた佐藤家の本性を静かに聞いていた――。兄弟姉妹|夫婦2.1萬字5 314 -
完結第13話
十六歳の毒薬花嫁
江戸中期、奥州郡山の大店・高野家には、余命三月と告げられた若旦那・湊がいた。 歩くこともままならず、医者からは「春までもたぬ」と見放された男。誰も嫁ぎ手など現れないと思われたその家の門を、ある冬の朝、十六歳の娘・凛が一人で叩く。 「三月なら三月、三日なら三日でも構いません」 そう言って自ら若旦那の嫁になった凛だったが、彼女には誰にも明かしていない目的があった。 苦くないはずのない薬。帳簿に増え続ける不自然な数字。井戸へ捨てられた父の形見。 病とされていた若旦那の命、罪人にされた父の名、そして大店に二十一年隠されてきた嘘。 十六歳の娘が嫁いだ本当の理由が明らかになる時、高野家の運命は大きく変わり始める。夫婦2.0萬字5 5 -
完結第14話
銀行にいた偽妻
60歳の斎藤かよ子は、夫・剣一を大阪出張へ送り出したはずだった。 しかし午前11時17分、銀行から一本の電話が入る。 「ご主人が、奥様と同じ名前の若い女性と一緒に来店されています」 その女性は、かよ子の名前を名乗り、住所や生年月日、家族の情報まで正確に答えていた。しかも夫は、その女を自分の妻として銀行に紹介し、かよ子名義の資産に関わる重要な手続きを進めようとしていた。 ただの浮気ではない。夫は、かよ子の服装、癖、署名、人生の記録までも利用し、“もう1人の妻”を作り上げていた。 37年間信じてきた夫が、本当に奪おうとしていたものは財産だけだったのか。 そして、何も知らない妻を演じ続けたかよ子が、最後に銀行で見せた反撃とは――。人生逆転|夫婦2.1萬字5 134 -
完結第10話
消された妻の逆転乾杯
夫の昇進祝いの宴席で、佐木美和は信じられない光景を目にする。 35年間連れ添ってきた夫・孝志が、120人の招待客の前で、若い愛人を「妻です」と紹介したのだ。 本当の妻である美和は、会場の端の席に座らされ、まるで無関係な招待客の一人のように扱われていた。夫からは事前に「今日だけは黙っていろ」と言われていた。 けれど、美和は怒鳴らなかった。 ただ静かにグラスを持ち上げ、夫と愛人に向かって乾杯した。 なぜなら彼女は、17年間にわたって夫が奪い続けてきた功績、不正に使われた経費、そして自分の名前を消された証拠を、すでに会長へ渡していたからだ。 祝福の拍手が響く中、会長がゆっくりと立ち上がる。 「佐木君。今の紹介で、最後の確認が取れた」 その一言で、夫の栄光の夜は、崩壊の始まりへと変わっていく――。夫婦|第二の人生|不倫1.4萬字5 134 -
完結第14話
身代わり妻の逆転帰還
夫の代わりに罪を被り、2年間刑務所で耐え続けた佐藤由美。 亡き父が残した会社を守るため、そして夫・健一を信じるために、彼女はすべてを背負った。だが出所の日、ようやく帰った家で待っていたのは、姑の平手打ちと、夫から投げつけられた離婚届、そして若い愛人の勝ち誇った笑みだった。 「前科者のくせに、まだうちの息子と暮らす気なの?」 すべてを失ったように見えた由美は、泣き崩れることなく、ただ一本の電話をかける。 刑務所で出会った一人の女性。亡き父が残していた最後の言葉。仏壇の下に隠されたUSBメモリ。 2年前の事件は、本当に由美の罪だったのか。 翌日から、夫と愛人、そして由美を切り捨てた家族の嘘が、静かに崩れ始める――。嫁姑|夫婦2.1萬字5 330 -
完結第10話
「子なし」離婚の大誤算
離婚届に署名した日、木村さゆのお腹には、まだ誰にも知られていない3か月の命があった。 夫・渡辺健二は初恋の女性との再婚に夢中で、離婚協議書には「婚姻中の子なし」と記されていた。さゆは妊娠を告げることなく、静かに名前を書き、夫の前から姿を消す。 それから10年。 さゆは一人で息子・陸を育てながら、写真館「時」を成功させ、母としても写真家としても自分の人生を築いていた。 しかし、陸の卒業式の日、思いがけず健二と再会する。 壇上で花束を渡す陸の顔を見た瞬間、健二は凍りついた。目元、鼻筋、横顔――そこには、10年前に自分が切り捨てたはずの結婚の答えがあった。 失われた10年は、金で取り戻せるのか。 父親を名乗る資格とは何か。 初恋を選んだ男が、初めて自分の過ちと向き合う時、さゆと陸が選ぶ未来とは――。人生逆転|夫婦1.5萬字5 177 -
完結第12話
午前3時の離婚届
午前3時17分。夫・俊介は帰ってこなかった。 その夜、日本へ戻ってきていたのは、夫の“初恋の女性”だと思っていた田中雪。彼女のSNSには、高層ホテルの夜景、二つのワイングラス、そして私が夫に贈ったはずの腕時計が写っていた。 3年間、木村家の嫁として髪も服も仕事も変え、良い妻になろうとしてきた私。けれど夫が本当に優しくしていた相手は、私ではなかったのかもしれない。 そう思った朝、私は義母に離婚届を差し出し、1億2000万円を受け取って家を出た。 だが数日後、夫は離婚届を握りしめ、泣きながら私を捜し始める。 初恋の女性、隠された写真、失くしたはずのブレスレット。 私たちの結婚は、本当に嘘から始まっていたのか――。嫁姑|不倫1.8萬字5 487 -
完結第13話
冷えた雑煮の逆転正月
元日の夜、シンガポール出張から1日早く帰国した佐藤健一は、実家の食卓に妻・弓の席だけがないことに気づく。 暖かい居間では、母と弟が豪華なおせちを囲んで笑っていた。だが弓は、冷え切った台所の隅で、たった1人、冷たい雑煮をすすっていた。 15年間、夫の不在中に何が起きていたのか。 赤切れた手、擦り切れたカーディガン、使わせてもらえないお湯。そして、父が遺したはずの3000万円の預金に残されていた、不可解な出金記録。 健一は怒りを飲み込み、その場では何も言わなかった。 翌朝、妻を呼び出した彼は、ついに決断する。 だが金庫を開けた時、そこにあったのは消えた遺産だけではなかった。弓の名前が書かれた、覚えのない離婚届。そして母と弟が隠していた、さらに深い裏切りの証拠。 元日の冷たい台所から始まった夫婦の反撃は、やがて家族の嘘を一つずつ暴いていく――。嫁姑|夫婦1.9萬字5 3340