"18万円の甘い嘘" 第13話
『節子さん、また来てください』
ので節子は以と違う答えをした。
「もうかないわ」
『どうして? 楽しかったでしょう?』
「楽しかったわ」
節子は答える。
「でも、あれは私のじゃなかった」
目を覚ます。
午3。
胸が激しく鳴っている。
窓をけ、たい空気を吸う。
「丈夫」
自分に言う。
「もう終わった」
傷は消えなかった。
ただ、傷があるままでも朝は来る。
節子はそれをしずつ覚えていった。
その。
節子は63歳になった。
誕のも、朝から清掃の仕事へった。
同僚の女性が休憩にさな菓子をくれた。
「今、誕なんでしょう?」
節子は驚いた。
「どうしてってるの?」
「この類にいてあったから」
「こんなの、いいのに」
「いものじゃないよ」
笑って渡されたさな菓子。
節子は両で受け取った。
「ありがとう」
本当にさなものだった。
かつてムーンライトでけたシャンパンと比べれば、値段など何百分のだろう。
それなのに、節子にはこちらの方がずっと温かくじられた。
昼休み。
公園のベンチへ座り、自分で作ったおにぎりと卵焼きをべた。
空は青かった。
はたい。
それでも陽の当たる所はかかった。
「63歳か……」
節子は空を見げた。
62歳の。
自分はで番馬鹿なことをした。
円を惜しんできてきた女が、の若い男の笑顔へ何万円も使った。
広告
そのも借をねた。
騙された。
仕事を失った。
自分自まで失いかけた。
最初の18万円。
その、へ通うために使った数万円。
借。
怪しい業者。
20万円の登録料。
返済のためのたな借り入れ。
すべてをわせれば、節子がで度にかしたことのないほどきな額になっていた。
タイトルにあるような「180万円もの請求」に度で署名したわけではなかった。
けれど節子にとっては、額の積みねこそが恐ろしかった。
最初は18万円。
次は2万円。
3万円。
5万円。
10万円。
20万円。
「この回だけ」
その言葉を何度も繰り返しているうちに、計を見なくなった。
円を切にしていた女が、万円を数えなくなった。
それが崩壊の始まりだった。
仕事の帰り。
節子は駅で若いカップルを見かけた。
男性が女性のを握っている。
は笑っていた。
昔なら、胸が痛んだ。
涼介をいした。
今もしだけ痛む。
けれど節子は、そのにち尽くすことなく歩き続けた。
へ帰る。
をつける。
以なら「もったいない」とした温度だった。
蔵庫から豆腐と野菜を取りし、噌汁を作る。
魚を焼く。
炊きたてのご飯を茶碗によそう。
テレビをつける。
だ。
それは変わらない。
向かいの建物から族の声が聞こえる夜もある。
寂しいとうこともある。
涼介の声をいすこともある。
広告
『節子さんは特別です』
今なら、し苦く笑える。
「そういうお仕事だったのよね」
節子は誰もいない部で呟いた。
涼介へのりが完全に消えたわけではない。
許したわけでもない。
ただ、自分の全部を彼のせいにはしなくなった。
自分は寂しかった。
誰かに褒めてほしかった。
必とされたかった。
夫をくした、それを誰にも言えなかった。
田にも。
弟にも。
役所にも。
誰にも助けを求めず、
「で丈夫」
とを張った。
そんなに、涼介の言葉が入ってきた。
節子が最も欲しかった言葉だった。
だから信じた。
若いからではない。
格好いいからだけでもない。
「頑張っている」
「素敵だ」
「会いたい」
「あなたは特別だ」
その言葉を、節子は何も待っていたのかもしれなかった。
事を終える。
皿を洗う。
蛇のを止める。
今でも節約はする。
スーパーでは値引き品を見る。
気も無駄にはしない。
内職も続けている。
ただし、自分を壊すほど切り詰めることはやめた。
に度くらいは、しだけ好きなものをべる。
膝が痛ければ病院へく。
寒ければをつける。
弟から話が来れば、話もする。
田とも々会う。
節子はようやくった。
自分を切にすることは、誰かにい酒を入れることではなかった。
自分がちゃんとべること。
眠ること。
助けを求めること。
体を治すこと。
そして、寂しいに「寂しい」と言うことだった。
夜。
内職を終えた節子は、正雄との結婚写真を取りした。
広告
おすすめ作品
-
完結第12話
義母ATM、ハワイへ消ゆ
67歳のみち子は、息子夫婦と孫たちを迎えるため、今年も静かに正月の準備を始めていた。 ところがクリスマスの朝、嫁の歩美から突然告げられる。 「今年は15人で行きますから」 食事、寝具、お年玉、観光費まで、すべて義母であるみち子が用意する前提。さらに歩美は、SNSでみち子を「ATMみたい」と笑い、長年の援助まで馬鹿にしていた。 37年間働き、息子夫婦に2500万円以上を援助してきたみち子は、その日ようやく気づく。 自分は家族に大切にされていたのではない。都合よく使われていただけだったのだ。 そして12月29日。 15人が玄関前に集まった時、家の鍵は開かなかった。 その頃みち子夫婦は、すでに日本にはいなかった――。ATM扱い|親子関係1.8萬字5 8423 -
完結第15話
残り物少年の奇跡
「残り物をください。そしたら、あなたに歩き方を教えます」 高級レストランでそう言ったのは、破れた靴を履いた8歳のホームレス少年・翔太だった。 相手は、事故で歩く力も家族も希望も失った大富豪・佐藤孝志。世界中の医師から「もう歩けない」と告げられ、人生を諦めかけていた男だった。 ただ食べ物を求めて現れたはずの少年は、なぜか孝志の心の奥に隠された絶望を見抜いていた。 毎晩8時の夕食。少年の小さな手が、動かない足に触れるたび、孝志の中で何かが少しずつ変わり始める。 これは奇跡なのか、それとも少年が見つけた“生きる理由”なのか。 残された一皿のサーモンから、壊れた家族と失われた人生が静かに動き出す――。人生逆転|金銭問題2.3萬字5 691 -
完結第8話
消えた仕送り720万円
真冬のある日、55歳の富代は、母の暮らす古いアパートを訪ねた。 部屋の中は外と変わらないほど冷え切り、母は暖房もつけず、毛布にくるまって震えていた。冷蔵庫にはわずかな食材しかなく、長年仕送りをしてきたはずの富代は胸を痛める。 「もっと仕送りを増やすね」 そう告げた瞬間、母は不思議そうに首をかしげた。 「仕送り? 知らないけど」 12年間、毎月5万円。合計720万円。 母のために送っていたはずのお金は、どこへ消えていたのか。疑念を抱いた富代が口座を調べ直すと、そこには夫と義家族が隠し続けていた信じがたい事実があった。 仕送り先を本来の口座に変えた日から、義母、夫、義姉の態度は一変する。 なぜ彼らはそこまで焦ったのか。 凍える母の部屋から始まった違和感は、30年の結婚生活を揺るがす真実へとつながっていく――。因果応報|人生逆転|金銭問題1.2萬字5 2807 -
完結第8話
愛人旅行の代償
定年の日、美和は36年間支えてきた夫・秀治のために、好物の夕食を用意して待っていた。 しかし帰宅した秀治が連れてきたのは、見知らぬ若い女性だった。 「退職金で香織と海外旅行へ行く。帰ってきたら離婚届に判を押せ」 夫はそう言い放ち、さらに美和に家を出て行くよう命じる。長年守ってきた家庭も、妻としての時間も、すべてなかったもののように扱われた美和。 だが、彼女は泣かなかった。 旅行へ向かう夫と愛人を静かに見送り、ただ一つだけ確認する。 「この家のことは、私が決めていいのね」 数日後、海外旅行から戻った秀治を待っていたのは、見慣れた玄関ではなく、ロープで囲まれた更地と「売却済み」の看板だった。 夫が知らなかった、この家の本当の持ち主。 そして美和が36年の結婚生活の最後に下した、静かな決断とは。夫婦|金銭問題1.2萬字5 8484 -
完結第20話
湖底の五本柱
1999年2月、記録的な豪雪に閉ざされたダム建設地・鏡谷で、3人の男が忽然と姿を消した。 彼らが乗っていた黒いセダンは、エンジンをかけたまま雪原に残されていた。ドアは開き、所持品もそのまま。だが、車の周囲には人が降りた足跡が一つもなかった。 やがて龍鳴寺の床下から見つかった1台のカメラが、事件を思わぬ方向へ動かしていく。そこに写っていたのは、消えた3人と作業員たちが、吹雪の中で何かを巡って激しく対立する姿だった。 さらに、ダムに沈むはずだった村からは、古い拳銃、止まった懐中時計、血に染まった作業車、そして「五つの柱」という不気味な言葉が浮かび上がる。 これは単なる失踪ではなかった。 ダムの底へ沈められようとしていたのは、村の風景だけではない。30年前に隠された罪と、ひとりの老人が命をかけて仕掛けた復讐だった。 雪の中で消えた男たちは、どこへ行ったのか。 そして、水没した地下から響く時計の音は、何を告げていたのか――。ミステリー|行方不明|金銭問題3.0萬字5 991 -
完結第9話
止められた12枚
離婚届に判を押した瞬間、夫と姑は私を追い出し、新しい嫁を笑顔で迎え入れた。 私はただの“稼ぐ妻”だった。夫の遊び代、姑の美容代、義実家の贅沢――すべて私のカードで支払われていたのに、彼らは最後までそれを当然だと思っていた。 だから私は、何も言わずに12枚のカードを止めた。 数日後、元夫は新しい婚約者との豪華なパーティーで、300万円の支払いを求められる。だが差し出したカードは、すでに利用停止済み。 招待客の前で崩れていく見栄。逃げ出す新しい嫁。そして、義実家がようやく気づいた時には、すべてが遅すぎた。 彼らが迎え入れたのは、幸運の女神ではない。 欲望に姿を変えた、破滅そのものだった。因果応報|夫婦|金銭問題1.3萬字5 1169 -
完結第9話
赤い口紅と信託離婚
定年退職の日、香川週一郎は40年勤めた会社を静かに去ろうとしていた。 その日は、妻・のり子の誕生日でもあった。だが朝、赤い口紅を引いて出かけていく妻を見ながら、週一郎はすでにすべてを知っていた。 大学時代の恋人との再会。共通口座からの不審な出金。退職金を使った「別人生」の計画。 のり子は、夫が何も気づいていないと思っていた。 しかし週一郎は半年間、何も言わずに証拠を集めていた。そして退職金2700万円は、妻が一切触れられない場所へ移されていた。 その日の夕方、妻が帰宅した時、家から夫の痕跡だけが消えていた。 ダイニングテーブルに残されていたのは、手紙と信託公正証書、そして離婚調停申立書。 翌朝、銀行の窓口に立ったのり子は、初めて知ることになる。 夫が怒らなかった本当の理由を――。因果応報|夫婦|金銭問題1.4萬字5 1435 -
完結第8話
残高4800円の老後
退職金2200万円。 38年間まじめに働き、ようやく手にした老後の安心資金。宮田哲夫は、自分の人生を「堅実に生きてきた」と信じていた。 投資詐欺に遭ったわけでもない。ギャンブルに溺れたわけでもない。派手な贅沢をした覚えもない。 それなのに8年後、通帳に残っていたのはわずか4800円だった。 年金13万円の暮らし。車、ゴルフ、息子への援助、家の修繕、物価高――。ひとつひとつは“普通”に見える出費が、退職金を静かに削っていく。 妻のせつ子は何度も家計を見直そうとした。だが哲夫は「なんとかなる」と言い続け、通帳から目をそらした。 そしてある朝、せつ子は家を出ていく。 老後破産の本当の原因は、お金の使い方だけではなかった。哲夫が最後に気づいた、夫婦にとって一番大切なものとは――。人生逆転|退職金|金銭問題1.2萬字5 1570 -
完結第23話
見下した作業服の裏にある真実の誇り
昔、「服が汚い」「職人の家柄は恥ずかしい」と、質素な作業服を見下して婚約を破棄した家族がいました。 彼らはブランドや肩書き、お金だけを見て人の価値を判断し、汗と油にまみれる職人の誇りを「底辺」と蔑んでいたのです。 しかし、彼らが軽んじたボロボロの作業服を着た女性こそ、実は誰よりも大きな会社を守り抜いた真の会長でした。 地位や豪華な着物、華やかな生活。そんな見せかけの栄光を追い求めた一家は、最後に何もかも失いました。 一方、泥にまみれ、手にタコを作り、地道に技術と誇りを守り続けた母と娘だけが、本物の幸せと未来を手に入れたのです。 ✨人生は見た目では決まらない ✨派手な権力より、人間の誠実さが勝つ ✨長年の努力と真心は、必ず報われる ただ金や地位を追うだけの虚しい人生より、自分の仕事を愛し、誇りを持って生きる日々こそ、最高の宝物です。 年月を重ねるほど、心に染みる真実の物語です。 皆さんも、大切な方へシェアして、人生の教訓を分かち合いませんか?人生逆転|金銭問題|修羅場3.5萬字5 530 -
完結第26話
十五年の忍び、本物の令嬢として帰る
離婚 3 日後、父と食事をしていたところ元夫と愛人にばったり。 「金持ちにすがっただけ」と馬鹿にして笑う二人。 私が「お父さん」と呼んだその瞬間、二人の顔から笑みが消え、全身凍りついた。 15 年間踏みにじられた尊厳、今日全部取り返す。因果応報|人生逆転|金銭問題4.0萬字5 6288