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"消された妻の逆転乾杯" 第9話

すると女性は、くなった夫の朝を作らなければならないとい込み、毎朝3頃になると台所へこうとしていた。

技術だけでは解決できない問題だった。

私は施設スタッフと相談し、ベッド周辺の全対策に加えて活リズムや声かけ方法を見直した。センサーの度も、その女性のきにわせて調したところ、過剰な警報は減り、転倒リスクもげることができた。

「佐さん、やっぱり現を見るの設計は違いますね」

若い技術者にそう言われた、私は17放したものが完全に消えていたわけではなかったのだとった。識には空があっても、きを見て危険を像し、しでも全にできる方法を考える覚は、今も自分のに残っていた。

、娘が事務所へ遊びに来た。さな部に机が3つ、ホワイトボードと試作品が並んでいるだけの所だったが、私にとっては豪華な役員より切な所だった。

「お母さん、今が番楽しそう」

「そう見える?」

「うん。昔はお父さんの話をする、いつも『仕方ない』って言ってたでしょう。最それを言わなくなった」

私はし考えてから笑った。

「今度は誰かの名じゃなく、私の名で働けるからかもしれない」

壁には、会社から送られてきたライフサインの発記録訂正版が額に入れて掛けてあった。

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そこには「初期全判定方式・基本設計協力 佐」と記されている。17なら、そのを見るために何でもしたかもしれないが、今の私にとっては、それ以でもそれ以でもない過の記録だった。

切なのは、名が戻ったことだけではない。

自分のを、自分で選べるようになったことだった。

孝志がそのどう暮らしているのか、私は詳しくらない。共通のから、郊さな賃貸宅で暮らし、しばらく再就職先を探していたと聞いたことはある。リナとは祝賀会のを最にほとんど連絡を取っていないらしいが、それをっても私のくことはなかった。

あの夜、私は夫の昇祝いでグラスを掲げた。

本来なら、35連れ添った夫の成功を祝う乾杯になるはずだった。けれど実際には、私の名を消し続けた結婚へ別れを告げ、自分のをもう度始めるための乾杯になった。

、私は「できること」がさだとっていた。族のためなら譲り、夫婦なら許し、今さらを変えても仕方がないと、自分へ言い聞かせ続けてきた。けれど本当に必だったのは、どこまでできるかではなく、どこから先は自分を失うことになるのかをることだったのだとう。

夫を変えることはできなかった。

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失った17を取り戻すこともできない。

それでも、残っているの使い方だけは選べる。

あるの夕方、仕事を終えて事務所の窓を閉めると、棚のに置いていたさなシャンパングラスが目に入った。あの祝賀会の記品として配られたものを、なぜか捨てずに持ち帰っていた。

私はそれをに取り、し笑った。

今度乾杯するは。

誰かの成功のためではない。

誰かに選ばれたことを祝うためでもない。

自分で選んだに。

自分の名で。

乾杯しようとった。

それから1、私は65歳の誕を迎えた。娘がさなケーキを持って事務所へ来てくれ、仕事仲たちも帰り際にささやかな束を置いていった。以の私は、65歳になれば部分はもう終わっているようにじていたけれど、今は議なくらい、まだ先にらない景が残っているようにえた。

の翌週、本の話が事務所に入った。方の介護用品メーカーから、しい転倒予防装置の発に参加してほしいという依頼だった。担当者は私の齢をったうえで、「佐さんだからお願いしたいんです」と言ってくれた。その言葉を聞いた、私は胸の奥でく固まっていた何かが、ようやく完全にほどけていくのをじた。

17、仕事を辞めたの私は、自分のからつの扉が閉じたとっていた。

けれど本当は、扉そのものが消えたわけではなかった。ただ私は、誰かに鍵を預けたまま、そのち尽くしていただけだったのだ。

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