"凍った再婚式" 第1話
夫の鞄のから結婚式の招待状を見つけたのは、3に入ってもない夜だった。
品なクリームのに、の文字が浮かんでいた。何気なくに取った私は、最初の数秒、自分が見ているもののを理解できなかった。
そこには、こう記されていた。
「林正夫様 藤はるか様」
付は314。所は京都・祇園の旅館「霞」、宴会は「蒼の」となっており、招待客は100ほどを予定しているらしかった。
私はそのを持ったまま、暗い居の真んにっていた。
驚いて声をげることもなければ、膝から崩れ落ちることもなかった。ただ、何度か文字を読み直した。
林正夫。
それは、36緒に暮らしてきた私の夫の名だった。
そして私は、林佳子。正夫の戸籍の妻だった。
私たちはまだ婚していない。
婚届をいたこともなければ、婚について正式に話しったことすらなかった。それなのに夫は、私のらないところで別の女性との結婚式を準備していた。
私は59歳、正夫は61歳だった。
36というを緒に過ごしてきた。
正夫は昔から、よく物事を忘れるだった。結婚記も私の誕も忘れたし、病院の予約や保険の更も、私が言わなければ覚えていなかった。
自分で約束したことすら忘れるだった。
その代わり、私は何でも覚えていた。
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のさなライトの池が切れそうになっていることも、血圧の薬があと3分しか残っていないことも、正夫が来検を受けなければならないことも、全部私が覚えていた。
のにへ乗る、懐灯の池を取り替えたこともある。
そんな些細なことまで、36ずっと私がやってきた。
けれど正夫は、自分の鞄のに隠した結婚招待状を、妻が見つける能性については考えなかったらしい。
私は招待状を鞄から完全には取りさず、そのでスマートフォンをした。
表面を撮した。
裏面も撮った。
、会名、連絡先、招待客についてかれた部分も、読めるように枚ずつ残した。
それから招待状を元の位置へ戻した。
鞄の央にある内ポケット。の角度も、になっていた類も、できるだけ触ると同じにした。
最にファスナーを閉めた。
そこまで終えてから、私は台所へった。
やかんにを入れ、をつけた。
やがて湯が沸く音がした。
茶葉を急須へ入れ、湯を注いだ。湯気の向こうで、居の計の秒針だけが定の速度でんでいた。
茶碗をテーブルへ置く音が、妙にきく聞こえた。
36、このへ初めて来たも、こんな静かな夜だった。
具は今とは違った。
器もなく、2分の布団と、さな卓しかなかった。それでも私は、これからこのと庭を作っていくのだとっていた。
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36を、私は数では数えない。
数でもない。
事の回数で考える。
おそらく1万3000回以。
正夫が「今は遅くなる」と話をしてきても、鍋のに1分を残して待った夜。
接待で酔って帰ってきた、玄関の音がするまで眠れなかった夜。
正夫が体調を崩した朝、まだが暗い5から起きて、お粥を作った。
会社で嫌なことがあったには、何も聞かず、好きな煮魚を卓へした。
昇が決まった夜には、2だけでさなケーキをべた。
正夫の母がくなったも、私が葬儀の配をした。
父親の入院費を理したのも私だった。
のローン、税、保険、冠婚葬祭。
正夫はで働き、私はのと夫婦の活をえ続けた。
私自も仕事をしていた期はある。それでも庭のことは、ほとんど私がやった。
誰かに命令されたわけではなかった。
夫婦とはそういうものだとっていたからだ。
1万3000回の事。
その最に返ってきたものが、の文字で印刷された1枚の招待状だった。
けれど、議なほど涙はなかった。
たぶん、あの招待状を見るから、私のでは何かが終わり始めていたのだとう。
2かほどから、夫婦の共座のおがしずつ減っていることに気づいていた。
最初は数万円だった。
その次は10万円。
また別のには20万円。
度にきな額をかせば私に気づかれるとったのだろう。
正夫は分けにして現を引きし、別の所へ移していた。