"湖底の白衣" 第1話
197312、京には朝からたいが吹いていた。都の宅にあるさなクリニックでは、いつものように診察始から患者が待に集まり、受付の奥から護師たちの忙しそうな声が聞こえていた。
そのクリニックの医師、田恵美子は34歳だった。まだ若い医師だったが、域ではすでに「話をよく聞いてくれる先」としてられ、方から彼女の診察を受けるために訪れる患者もなくなかった。
子供が診察へ入ると、恵美子は必ず目線をわせてから話しかけた。を見るだけで泣きす子には、すぐに診察を始めるのではなく、しばらく世話をして緊張が解けるのを待った。
齢の患者に対しても同じだった。薬の説だけで診察を終えることはなく、で困っていることはないか、事は取れているか、通院が負担になっていないかまで確認した。
「先に話すとするんですよ」
そう言われるたび、恵美子はし照れたように笑った。
同僚が評価していたのは、医学な識だけではなかった。支払いに困っている患者であっても態度を変えず、必があれば診療を過ぎても残った。
通院が難しくなった齢者のへ、仕事のにを運ぶことさえあった。
恵美子は責任がかった。
無断で仕事を休んだことはなく、遅刻もほとんどなかった。
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診察の予約を忘れることもなければ、患者を理由もなく待たせることもなかった。
私活は静かだった。
クリニックからそれほどれていないさなアパートで1暮らしをしていた。夜は医学雑誌を読み、翌の診療記録を理し、ときには患者からの相談話にも応じた。
華やかな交友関係があるわけでもなく、仕事以で頻繁にすることもなかった。
そんな規則正しい活を続けていた女性が、突然姿を消した。
19731215。
その朝、恵美子はいつも通り7頃にクリニックへ到着した。
入の鍵をけていた護師の林に、穏やかな声で挨拶をした。
「おはようございます。今も寒いですね」
「おはようございます、先。本当にえますね」
林はになって、あの朝の恵美子には特別変わったところはなかったと何度も証言している。
予約表は朝から埋まっていた。
恵美子は病気の子供を診察し、そうな母親に説し、常連の齢患者へ処方箋をいた。昼休みもく済ませ、午の診察へ戻った。
ところが午3頃、恵美子は突然席をった。
「急な往診にってきます」
林が顔をげた。
「今からですか?」
「ええ。1くらいで戻れるといます。戻ったら類を片づけますから」
恵美子は診療用のバッグを持ち、の鍵をに取った。
声は普段と変わらなかった。
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ただ、林にはほんのしだけ急いでいるようにもじられた。
窓から見ると、恵美子は駐に止めていたのトヨタ・コロナへ乗り込んだ。エンジンをかけ、そのまま宅の向こうへりっていった。
林は何も疑わなかった。
恵美子が往診へること自体、珍しいことではなかったからだ。
しかし1が過ぎても戻らなかった。
夕方になり、遅いに予約していた患者も到着した。
それでも恵美子の姿はなかった。
「先、遅いですね」
受付の計を見る回数が増えていった。
診療が終わっても戻らない。
林はになり、恵美子のアパートへ話をかけた。
何度呼びしても誰もなかった。
仕事を終えた林は、そのまま恵美子のアパートへ向かった。
ドアを何度も叩いた。
「先、林です。いらっしゃいますか?」
返事はなかった。
くノックを続けたため、隣のが審そうに顔をしたほどだった。
午9を過ぎる頃、林は恵美子の親族へ連絡を取った。
な親族として連絡がついたのは、阪に暮らす齢の伯母だった。
ところが伯母から聞かされた話は、林をさらににさせた。
「恵美子から、ここ数週話がないんです」
「普段はよく連絡されているんですか?」
「毎週曜には必ず話をくれます。忙しくても、それだけは忘れたことがなかったのに」
伯母はすぐに京へ向かった。
夜くに到着すると、林と緒にアパートへ入り、内を確認した。