"消えた女将と800万の通帳" 第5話
「何考えることあんねん。売れや」
がどうなるか。
義子がそのどう暮らすのか。
そんなことには興を示さなかった。
額だけを聞いていた。
それでも義子は最終に売却を決めた。
本との契約が成した。
保証200万円。
営業権600万円。
義子は1週かけて引き継ぎをった。
レシピをいた。
ややっこのたれ。
だし巻き卵の付け。
お好み焼きののさ。
突きしに使う野菜の切り方。
仕入れ先。
納品曜。
常連客の好みまで伝えた。
「この、燗はぬるめがええ」
「はい」
「こっちのは、つまみ先にして。酒待たせてもらへんけど、べ物遅いと嫌悪なるから」
本は真面目にメモを取った。
厨の正美は、そのまま残ることになった。
義子がく勧めた。
「正美ちゃんがおらんかったら変わるから。客はそういうのすぐ気づくで」
本も承した。
料も勤務も変えない。
名も3000円酒のまま。
オーナーだけが入れ替わる。
20096。
義子は最にの鍵を本へ渡した。
「いこと世話になったな」
厨の正美に言う。
「こっちこそ」
「困ったら話してな」
「義子さんも」
義子は赤い板を見げた。
うどんから始めて13く。
の半のを、この狭いで過ごしたようにじた。
座には800万円が振り込まれた。
もちろん、武夫には座を教えなかった。
広告
だが、を売ったことはっている。
が入ったことも分かる。
翌。
武夫が聞いた。
「売った、どこや」
義子は答えなかった。
次のも同じ。
「800万、どこにある」
「このは使わへん」
「せ」
「マンション借りるや。これなくなったら、うちらくとこなくなる」
武夫の声がきくなった。
「夫婦の財産やろ!」
義子も今回は譲らなかった。
今までから2万、3万、には30万持っていかれても耐えてきた。
だが800万円は違った。
これだけは守る。
義子の残りのを支える最のだった。
武夫は毎のように同じ言葉を繰り返した。
「、せ」
義子も同じ言葉を返した。
「さへん」
夫婦のにあった亀裂は、を売ったことで埋まるどころか、さらにく広がっていった。
本が3000円酒を引き継いだ最初の1かは、特にきな問題はなかった。
正美が厨に残ったため、料理のは変わらない。
値段も同じ。
仕入れ先も同じ。
板も同じ。
常連客はしい主にし戸惑いながらも通い続けた。
問題は、2か目から目に見え始めた。
「いらっしゃいませ」
本の声はさかった。
客が入ってきても、どの席へ案内すればいいか判断が遅れる。
「どこ座ったらええ?」
「あ、そこ空いてます」
注文を取るも、客の顔ではなくメニューを見る。
義子なら、
「今はいつもの?」
と聞いていた客にも、
「ご注文は?」
広告
とから尋ねる。
客が悪いわけではない。
本も怠けていたわけではない。
17、彼が向きってきたのは械と部品だった。
決められた順を守り、同じ品質のものを作る仕事。
方、のホールでは、そのそのでを見る必があった。
客の表。
酒のみ方。
会話の雰囲気。
追加注文を取るタイミング。
義子はそれを自然にやっていた。
本は、それがの売にどれほどきく響していたのか分かっていなかった。
正美は厨からそれを見ていた。
「本さん」
閉、声をかけた。
「もうちょっと客に話しかけた方がええかも」
「話?」
「義子さん、ようやっとったやろ」
「でも、客は酒みに来てるんでしょう」
「酒だけちゃうとうで」
本は黙った。
悪気はなかった。
ただ、どう話せばいいか分からなかった。
しずつ客の滞がくなった。
以は1、2とんでいた常連が、30分で帰る。
追加注文が減る。
平に空席が3卓、4卓と目つ。
週末でもの折り畳みテーブルをさなくなった。
3か目。
本は売を計算し、顔を青くした。
引き継ぎの半分くまで落ちていた。
賃。
材料費。
正美の料。
残るはほとんどない。
退職400万円だけでは600万円の営業権代を払えなかったため、本は約200万円の借もしていた。
「話が違う」
帳簿を握りしめた。
「こんなん、聞いてへん」
4。
自分が見ていたは繁盛していた。
メニューも同じ。
厨も同じ。
価格も同じ。
なのに自分が経営すると客が減る。
その理由を、本は自分の接客にあるとはえなかった。
広告
おすすめ作品
-
完結第13話
恩に沈む猛獣舎
2002年、兵庫県宝塚市の小さな私設動物園で、ベテラン飼育員・郡山安が忽然と姿を消した。 猛獣舎に残されていたのは、きれいに揃えられた黒い長靴と、日付だけが書かれた飼育手帳。扉は内側から施錠され、そばには長年彼が世話をしてきたベンガルトラがいた。 町ではすぐに噂が広がった。 「あの飼育員は、虎に呑み込まれたのではないか」 しかし獣医は断言する。虎は何もしていない、と。 やがて動物園は閉園し、事件は未解決のまま忘れられていった。だが19年後、跡地の造成工事中に、古い増築舎の基礎の下から身元不明の人骨が見つかる。 それは、郡山ではなかった。 では、土の下に眠っていた男は誰なのか。なぜ郡山は長靴を揃えて姿を消したのか。 一人の元巡査が、19年前に書き残した疑問を手に、動物園に沈んだもう一つの失踪事件を追い始める。ミステリー|行方不明2.0萬字5 1 -
完結第11話
北アルプスの0.5秒
2024年、東京都足立区の古いアパートで、1台のビデオカメラが見つかった。 持ち主は孤独死した60代の男。クローゼットの奥に隠されていた登山リュックの中から出てきたそのカメラには、15年前の北アルプスで撮影された映像が残されていた。 日付は2009年10月24日。 その日、資産家社長・坂本竜三の愛人だった伊藤桜は、登山中に突然姿を消した。直前に坂本と激しく口論し、森へ逃げ込んだ彼女を坂本が追いかけたため、誰もが「犯人は坂本だ」と信じていた。 しかし、遺体も物証も見つからず、事件は未解決のまま15年が過ぎる。 そして発見された映像には、誰も知らなかった桜の本当の顔が映っていた。 彼女は誰かと電話をしていた。坂本を騙し、財産を奪う計画を語りながら、さらに別の裏切りまで口にしていたのだ。 次の瞬間、カメラは激しく揺れ、悲鳴とともに崖下へ落ちていく。 最後に映ったのは、崖の上に立つ一人の男の影。 15年間、無実の男を犯人にし続けた事件の真相が、わずか0.5秒の映像から動き出す――。ミステリー|行方不明1.7萬字5 248 -
完結第10話
午前0時30分の空白
1991年9月、24歳の会社員・清田け子は、深夜の藤沢駅で同僚と別れたあと、公衆電話を使った。 それが、彼女の確かな足取りとして残る最後の場面だった。 誰に電話をかけたのか。 その後、誰と会ったのか。 なぜ彼女は、自宅へ帰らなかったのか。 12日後、平塚市の歩行者用地下道で、煙を上げるドラム缶が発見される。 人通りのある場所。朝になれば誰かが通る地下道。 それなのに、犯人はなぜそこを選んだのか。 周到に準備されたように見える一方で、最後の行動だけがあまりにも不可解だった。 藤沢駅の公衆電話から、平塚の地下道まで。 消えた12日間に、いったい何が起きていたのか――。ミステリー|遺體発見1.5萬字5 80 -
完結第9話
12年目の虫かご
1990年代後半の真夏の朝、山間の小さな村で、虫かごを持った5人の子供たちが山へ向かった。 雑貨店の前でラムネを飲み、「夕方までには帰る」と笑って手を振った5人。しかし、その日を境に、彼らは二度と家へ戻らなかった。 山で迷ったのか、川へ流されたのか、それとも誰かに連れ去られたのか。村中が必死に捜索する中、誰よりも熱心に動いていたのは、消えた少年の叔父だった。 だが、1人の刑事だけは小さな違和感を捨てられずにいた。 山へ向かっていない足跡。新しく打たれたコンクリート。そこに残された、腕時計の一部らしき小さな金属片。 それでも証拠は足りず、事件は長い年月の中へ沈んでいく。 そして11年後。古い床下から見つかった5つの虫かごと、止まったままの子供用腕時計。 あの夏、子供たちは本当はどこへ向かっていたのか。 村が信じ続けた“優しい叔父”の姿が崩れた時、12年間閉ざされていた真実がようやく姿を現す。ミステリー|行方不明1.3萬字5 732 -
完結第7話
300億を捨てた相場師
1999年秋、長野県桑原市。 300億円の資産を築いた株長者・梶常明が、自宅から忽然と姿を消した。財布も通帳も印鑑も、車も携帯電話もすべて家に残されたまま。争った跡も、身代金の要求もなく、彼はまるで何も持たず夜の中へ歩いていったかのようだった。 警察は誘拐、自殺、失踪の可能性を探るが、決定的な手がかりは見つからない。ただ一つ、刑事・矢島の心に引っかかったのは、失踪直前に常明が昔暮らしていた古い県営団地を訪れていたという証言だった。 それから6年後。 定年を控えた矢島のもとに、常明の義母・千鶴から一本の電話が入る。余命を宣告された彼女は、死ぬ前にどうしても伝えたいことがあると言った。 常明には、家族にも明かさなかった過去があった。 300億円を手にした男が、なぜ何も持たずに消えたのか。 彼が最後に戻ろうとした場所はどこだったのか。 古い団地の一室に残された手紙が、6年間眠っていた失踪の理由を静かに明かしていく。ミステリー|行方不明9.8千字5 507 -
完結第9話
水底に沈めた嘘
1997年11月、長野県安曇野の貯水池へ釣りに出かけた木村俊助は、そのまま姿を消した。 現場にはトラックと釣り竿、そして一度も手をつけられていない弁当箱だけが残されていた。水門の左、3本目の柳の木の下。そこに竿は立てられていたのに、俊助本人の姿だけがどこにもなかった。 妻・文江は「夫が帰ってこない」と夜になって警察へ通報する。警察は事故や失踪の可能性を調べたが、決定的な証拠は見つからず、事件は長い時間の中へ沈んでいった。 しかし、見過ごされた違和感は残っていた。 遅すぎた通報。消えた夫に払い続けられたポケットベル料金。再生されなかった23件の音声。失踪からわずか3日後の保険会社への問い合わせ。そして、夫の口座から流れていた謎の金。 7年後、貯水池の浚渫工事が始まった時、泥の底から黒い包みが引き上げられる。 水面に浮かび上がったのは、1人の男の行方だけではなかった。 妻が長年隠し続けた計画と、沈めたはずの嘘だった――。ミステリー|行方不明1.3萬字5 397