"消えた女将と800万の通帳" 第1話
2009よりし、阪・難波駅の裏には、夕方になると仕事帰りの会社員や夜バスを待つ々が流れ込む細いがあった。焼き鳥、焼肉、さな居酒が肩を寄せるように並び、その奥に赤い文字の板を掲げた軒のがあった。
の名は「3000円酒」。
ガラスの引き戸をけると、決して広いとは言えない内に、プラスチックの子とスチール製のテーブルがぎっしり並んでいた。壁にはきのメニューが貼られ、ややっこ390円、だし巻き卵450円、鮮お好み焼き600円と、ほとんどの品が1000円以だった。
当は、似たような価格居酒が全国の繁華に増えていた代だった。級な料理ではなくても、い酒と気軽なつまみでの疲れを流せる所が、働く々に求められていた。
ただ、このにはの酒とはし違うものがあった。
女将の義子だった。
52歳。常連からは「よっちゃん」と呼ばれていた。
「いらっしゃい。今はいなあ」
常連が戸をけた瞬、義子はすぐに顔をげた。客の名をらなくても、回何をんでいたか、どの席を好むか、つまみを先にしてほしいか、酒をしぬるめにしてほしいかまで覚えていた。
「今はいつものややっこ?」
「いや、今はちょっと腹減ってる」
「ほんなら、お好み焼き先に焼いとくわ」
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そんないやり取りだけで、客は肩の力を抜いた。
厨にっていたのは田正美、41歳。義子と同じ町内にみ、以から堂の厨で働いた経験のある女性だった。数はくなかったが、包丁を握ればが速く、注文がなっても慌てない。
義子が客を迎え、注文を取り、会計をする。
正美が厨で料理を作り、皿を洗う。
2のきは、緒に働いてきたように噛みっていた。
だが、義子が最初から居酒を営んでいたわけではない。
同じ所でくうどんを続けていた。
難波駅にい所なら、始発に乗るや夜バスからりたが、杯くらいうどんをべるだろう。そう考えてを始めた。
読みそのものは違っていなかった。
問題は、同じことを考えるがすぎたことだった。
のだけでもうどんが3軒。し歩けばさらに2軒。似た値段、似たのが同じ客を奪いっていた。
義子のうどんがまずかったわけではない。
だが、客がくからわざわざを運ぶほど特別な杯でもなかった。
末に売を計算し、賃、材料費、費を引くと、ほとんど何も残らない。最初の数こそ何とか赤字を避けていたが、競争が激しくなるにつれて状況は悪くなった。
へ帰ると、義子はよく卓で売帳を眺めていた。
「今もあかんかったん?」
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夫の川武夫が聞いたことがある。
「まあ、何とかやっていけるくらいや」
義子はそう答えたが、帳面の数字は正直だった。
入ってくるより、ていくの方がい。
普通ならを畳むことを考える。
しかし義子には、それも簡単ではなかった。
舗には保証が入っている。ここをても、別の所でしい商売を始めるほどの余裕はない。設備だけは残っているのだから、同じ所で違う商売を始めるしかない。
そんな頃、町に増えていたのが価格の酒だった。
いつまみ。
い酒。
気軽に入れる雰囲気。
義子は何度ものを見にった。
客層を見た。
注文の回転を見た。
当たりの滞を見た。
そして決めた。
「うどん、やめるわ」
正美にそう話した、彼女は驚かなかった。
「次は?」
「酒にする」
「私、残ってええん?」
「残ってくれへんと困る」
厨設備はほとんどそのまま使えた。
蔵庫も調理台もガス台も変える必がない。テーブルと子を入れ替え、メニューを組み直した。
ややっこ390円。
だし巻き卵450円。
鮮お好み焼き600円。
うどん代から作り慣れた料理をにした。
2004。
3000円酒はした。
午5。
義子が赤い簾をし、引き戸をけた。
最初の客が入った。
次に2組。
さらにくのから仕事を終えた男たちが入ってきた。
午6になるには、半分以の席が埋まっていた。
「よっちゃん、ややっこ2つ!」
「はいはい、正美ちゃん、2つお願い!」
厨から「はいよ」と声が返る。
7を過ぎると、今度は会社員が増えた。