みかん小説
本棚

"泥まみれの客と黒塗り5台" 第12話

「会社では、それが全部駄目なことみたいに言われていました」

「……」

「だから会が、違っていないと言ってくださった

美咲はし笑った。

「救われたんです」

も笑った。

「では、お互い様だな」

「はい」

数か

は予定していた検査を受け、医師と相談しながら術に向けた準備をめていた。

美咲は以のように、費用の数字を見るたびに眠れなくなることはなくなった。

もちろんが消えたわけではない。

母親として、術そのものが怖くないはずはなかった。

それでも、もう全てを1で抱えているという覚はなかった。

は約束通り、必な支援を申してくれた。

美咲も全てを当然のように受け取ることはせず、自分でできることは自分で続けた。

専属運転としての仕事にもしずつ慣れていった。

を会社へ送る

病院へ送る

昔の友との事会へ送る

は毎違った。

だが、美咲が最も切にすることは変わらない。

全に送り届ける。

乗っているの様子を見る。

寒そうなら温度をげる。

疲れているなら余計な話をしない。

急いでいるほど慌てず運転する。

ある

を乗せてっていると、脇で齢の男性がタクシーを探していた。

美咲はわずそちらを見る。

も気づいたらしい。

「気になるかね?」

広告

し」

美咲が答える。

は笑った。

「今はわしを乗せているから、止められんな」

「そうですね」

「代わりに会社へ連絡して、1台回してやりなさい」

美咲の顔がるくなる。

「はい」

無線ではなく会社の配担当へ連絡し、所を伝える。

数分方から来た系列タクシーが老で止まった。

美咲はバックミラーでそれを確認し、ほっと息を吐いた。

が呟く。

「会社もし変わったな」

あの件の、営業所では接客方針が見直された。

単純な売順位だけではなく、苦なさや顧客からの謝、乗務態度なども評価に加えられるようになった。

客だけを奪いうような雰囲気も、しずつれていったという。

全てが夜で変わったわけではない。

の考え方は、そんなに簡単には変わらない。

それでも、変わり始めるきっかけにはなった。

美咲は自分がきなことをしたとはっていなかった。

あの夜。

に老がいた。

寒そうだった。

だから止まった。

それだけだった。

やがて会いた。

「佐藤さん」

「はい」

は捨てたものじゃないな」

美咲はバックミラー越しに老を見る。

初めてに乗せた夜と同じ、穏やかな目だった。

美咲は笑った。

「はい」

を置く。

「本当に、そういます」

は静かにっていく。

あのりの夜。

誰も止まらなかった端で、美咲が差ししたのはでも特別な力でもなかった。

広告

1本の傘。

温かいタオル。

そして、どこにでも売っている1本の缶コーヒー。

けれど老にとって、それは自分がまだとして見てもらえた証だった。

そして美咲にとっても、そのさなは、自分のき方を信じ直すきっかけになった。

優しさを差しした、その先に何が返ってくるのかなど誰にも分からない。

何も返ってこないことの方がいかもしれない。

それでも。

誰にも見られていない所で。

得にならないと分かっているに。

目のの誰かへを伸ばせるがいる。

そのさな選択が、ときに誰かのを救い、自分自まで静かに変えていくことがある。

美咲はハンドルを握りながら、フロントガラスを流れる粒を見つめた。

あのと同じ

けれど今は、もうたくはじなかった。

部座席から、会の穏やかな声が聞こえる。

し休憩したら、コーヒーでもむか」

美咲は笑った。

「今度は私がおごります」

「いや。今度はわしがそう」

「普通の缶コーヒーですよ?」

「それがいいんだ」

2の笑い声が、静かな内に広がった。

黒塗りのをゆっくりとみ、やがての向こうへ消えていった。

1本の缶コーヒーから始まった縁は、もう度、2を温めながら続いていく。

そして美咲はそれからも、ハンドルを握るたび忘れなかった。

に乗ってくるのは、運賃ではない。

数字でもない。

ひとり、それぞれの事を抱えてきているなのだということを。

広告

おすすめ作品

リンクを共有

以下のリンクをコピーして友達と共有してください: