"泥まみれの客と黒塗り5台" 第10話
「覚えていらしたんですか」
「もちろんだ」
老は穏やかに頷いた。
「5歳だったな」
「はい」
「来、臓の術が必になるかもしれない」
美咲は黙って頷いた。
昨、ので何気なく話したことだった。
らない老だからこそ、しだけ音を吐けたのかもしれない。
「君は笑っていた」
老が言った。
「丈夫です、と」
美咲の唇が震えた。
「でも、本当は丈夫ではなかったんだろう」
その言で、張り詰めていたものが切れた。
「怖いです」
美咲は初めて正直に言った。
「毎、怖いです」
周囲の社員がいることも忘れていた。
「仕事を失ったらどうしよう。貯がりなかったらどうしよう。術のに結が怖がったら、私がちゃんと笑っていられるのか……」
声が震える。
「ずっと考えていました」
老は何も言わず聞いていた。
「でも母親なのに、私がそうにしたら駄目だとって」
美咲は涙を拭う。
「結のでは丈夫って言ってました」
「そうか」
「昨も、本当はお客様を乗せるか瞬迷ったんです」
これまで言えなかったことを、とうとうにした。
老がし驚いた。
「シートが汚れる。清掃費がかかる。もっと稼げるお客様を探した方がいいって」
美咲は俯いた。
「だから、私は会がってくださっているほど派なではありません」
老はしばらく黙っていた。
やがてさく笑った。
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「それでいいんだよ」
美咲が顔をげる。
「迷わないなんていない」
老は言った。
「自分も苦しい。自分も余裕がない。そので迷って、それでも最に正しいとう方を選ぶ」
美咲の目をまっすぐ見る。
「それが切なんだ」
美咲は声をげて泣いた。
老は父親が娘を慰めるように、そっと肩へを置いた。
「もう1で全部抱えなくていい」
「会……」
「娘さんの術については、費用面で困ることがないよう、わし個として支援させてほしい」
美咲はすぐに首を横に振った。
「そんな、できません!」
「なぜだ」
「私は昨、普通にお客様を乗せただけです。それでそんなきなおをいただくなんて……」
「君にを払って優しさを買うつもりではない」
老は落ち着いて言った。
「これは、わしが自分のでやりたいことだ」
「でも……」
「君が昨、わしに缶コーヒーを渡した」
老は微笑んだ。
「わしは頼んだか?」
美咲は黙った。
「頼んでいない」
「はい」
「それでも君は、自分がしたいから渡してくれた」
美咲はさく頷く。
「なら、わしにも同じことをさせてくれ」
美咲は言葉を失った。
老は続けた。
「それに全部をわしが負担すると決めたわけではない。必なことを必な形で伝わせてもらう」
「……」
「君と娘さんがして術のを迎えられるようにしたい」
美咲は何度も涙を拭った。
「ありがとうございます」
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ようやく、それだけ言えた。
老が頷く。
「それからもう1つ」
「まだあるんですか?」
わずた言葉に、老が笑った。
張り詰めていた営業所にも、ほんのしだけ空気が戻る。
「今すぐに答えなくていい」
老は言った。
「わしの専属運転にならないか」
美咲は完全に固まった。
「……私が?」
「そうだ」
「でも、私は営業成績最位ですよ」
「っている」
「を違えることもあります」
「それは困るな」
老が冗談めかして言った。
美咲は泣きながら笑ってしまった。
「それに私は領も悪くて」
「それも聞いた」
「では、なぜ」
老の表が優しくなる。
「最に自分の命を預けるの運転くらい、から信じられるを選びたい」
美咲は息を止めた。
「は級でも構わん。だが乗せるがたければがない」
老は言った。
「君のようなに、わしの最のハンドルを任せたい」
美咲はそのでは返事ができなかった。
自分に務まるのか。
活が突然変わることへの怖さもある。
老も無理に答えを求めなかった。
「1週考えなさい」
「はい」
その夜。
美咲は結とさな卓を囲んでいた。
「ママ、今泣いた?」
結が突然聞いた。
美咲は驚く。
「どうして?」
「目、ちょっと赤い」
子供はよく見ている。
美咲は笑った。
「うん。し泣いた」
「しかった?」
「最初はしかった」
「今は?」
美咲は娘の顔を見る。
「今は、嬉しくて泣いた」
結はしばらく考えた。
「じゃあいい涙?」
「たぶんね」
結が笑う。
「ママ、最いっぱい笑うね」
その言葉に、美咲は胸を押さえたくなった。
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