"泥まみれの客と黒塗り5台" 第5話
「そうか」
それだけ言って、く黙っていた。
はまだ激しくっていた。
老が指定した所へ到着したのは、それからしばらくだった。
京の部かられた静かな宅。古い平が並ぶ角で、周囲には層マンションもきな敷も見当たらなかった。
美咲はメーターを止めた。
「到着しました」
老が財布を取りす。
古びた財布だった。
そこから数枚の幣をし、メーター表示よりめの額を差しした。
「こちらで」
美咲は額を確認し、すぐに釣り銭を用した。
「お釣りです」
「いらないよ」
「いえ、いただけません」
「今の礼だ」
「でも……」
老は穏やかに笑った。
「傘を差してくれた。温かいタオルも貸してくれた」
にした空の缶を見ろす。
「それに、このコーヒー」
「本当に普通の缶コーヒーですよ」
「わしにとっては違う」
老の声は静かだった。
「今んだこの1本は、世界で1番温かかった」
美咲は返す言葉が見つからなかった。
老は釣り銭を受け取らないままドアをけた。
「待ってください」
美咲も慌ててをりる。
はしまっていた。
「せめて傘を」
「もうすぐそこだ」
「でも」
「娘さん」
老が振り返った。
「今は本当にありがとう」
その顔は、に乗るとは全く違って見えた。
はまだ残っている。
作業着も汚れている。
それでも目には穏やかなが宿っていた。
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「君の娘さんの術、うまくいくといいな」
美咲の胸がくなる。
「ありがとうございます」
「君も体を切にな」
老はさくを振り、古い平の方へ歩いていった。
美咲はその背が見えなくなるまで見送った。
へ戻ると、部座席は予通り汚れていた。
シートの端に。
にも茶い跡がある。
美咲は営業所へ戻る途、洗へち寄った。
タオルを何枚も使って汚れを落とす。
「これくらいなら丈夫かな」
表面のはほとんど落ちた。
完全に品のようにはならないが、通常の営業で付く汚れとそれほど変わらない。
計を見る。
清掃に使ったは確かに惜しかった。
あのに客を2組、3組乗せられたかもしれない。
それでも悔はなかった。
「邪、ひいてないといいけど」
老のことを考えながら営業所へ戻った。
その夜、勤務を終えた美咲が帰宅すると、結はすでに布団のにいた。
「ママ」
「まだ起きてたの?」
「待ってた」
美咲は濡れた髪をタオルで拭きながら娘の隣へ座る。
「今、すごいだったね」
「保育園からた、先の傘ひっくり返ったよ」
結が楽しそうに話す。
美咲は笑った。
「変だったね」
「ママは?」
「ママもびしょ濡れ」
「邪ひいちゃうよ」
その言に、数の老の姿がなった。
「そうだね」
「ちゃんと温かくした?」
「したよ」
「コーヒーんだ?」
美咲は瞬黙った、笑った。
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「今はまなかった」
「なんで?」
「もっと寒そうなにあげたから」
結が目を丸くした。
「その、嬉しかった?」
「うん。たぶん」
「じゃあよかったね」
子供らしい単純な言葉だった。
だが美咲の胸にく残った。
「うん」
娘のを撫でる。
「よかった」
翌朝。
美咲はいつもと同じに営業所へ勤した。
制に着替え、タイムカードを押そうとした、受付の女性社員から呼び止められた。
「佐藤さん」
「はい?」
女性はし気まずそうな表をしている。
「所がお呼びです」
美咲の胸がざわついた。
「今ですか?」
「すぐ来るようにって」
嫌な予がした。
昨の老。
汚れたシート。
黒田。
3つのことがに浮かぶ。
まさか。
美咲は駐へ向かい、昨使ったを確認した。
部座席を見て息をむ。
「何……これ」
昨、自分が掃除したとはらかに違っていた。
座面全体にが広がっている。
まるで誰かがのついた雑巾を押し付けたようだった。
「嘘……」
美咲はシートにを伸ばした。
はまだ乾き切っていない。
昨の夜についたものではない。
なくとも、今朝になってから触られた能性がかった。
背で笑い声がした。
振り向くと、しれたところで黒田が別の社員と話している。
美咲と目がった瞬、黒田は元を歪めた。
胸の奥にたいものがった。
だが証拠はない。
「佐藤さん」
受付の女性がもう度呼びに来た。
「所がお待ちです」
美咲は汚れたシートを見つめた。
そして何も言わず、所へ向かった。
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