"10年目のボイラー室" 第1話
1992の、野県曽方は葉を目当てに訪れた旅客で賑わっていた。10旬になると曽川の周囲の々は赤や黄に染まり、朝になると川面をいが覆った。
週末には京や名古からくの旅客が訪れ、川沿いに並ぶ昔ながらの旅館や民宿も客で埋まった。端には桜がに揺れ、夕方になると川魚を焼く匂いが細いまで漂っていた。
田誠は当35歳だった。名古にあるさな貿易会社に勤めており、結婚はしていなかった。
会社の同僚たちは、田を物静かで真面目な物として覚えていた。数は決してくなかったが、頼まれた仕事は丁寧にこなし、休憩には1で本を読んでいることがかったという。
特別に親しい友がいわけではなかったものの、付きいを避けていたわけでもない。週末になると、々1で列やバスに乗り、らない町を歩くことを楽しみにしていた。
その、田が選んだのが曽方だった。
曜の午、仕事を終えた田はさな鞄を1つ持って名古を発した。会社には、週末を曽で過ごし、曜の朝には通常通り勤すると伝えていた。
午4頃、田は曽方のバスターミナルへ到着した。そこからタクシーへ乗り換え、川沿いにある青龍旅館へ向かった。
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青龍旅館は2階建ての古い造旅館だった。玄関には使い込まれた製の板が掛かり、廊を歩くと板がさく軋んだ。
旅館を経営していたのは、50代半ばを過ぎた佐藤茂とその妻だった。夫婦は20くこの所で旅館を営み、葉の期には毎くの旅客を迎えてきた。
しかし、ここ数は経営が苦しくなっていた。隣にしく設備のったホテルやペンションが増え、以ほど客が入らなくなっていたからだ。
佐藤夫婦にはの借もあった。それでも旅館を閉めるつもりはなく、建物を修理しながら何とか営業を続けていた。
旅館には夫婦のほかに、田という28歳の従業員がいた。2ほどからみ込みにい形で働いており、客の掃除や荷物運び、呂の管理など、旅館の雑用を広く任されていた。
仕事そのものは真面目だったが、佐藤夫婦には理解できない面もあった。々酒をんで遅く戻ったり、料になるとを貸してほしいと頼んできたりすることがあった。
それでもきな問題を起こしたことはない。佐藤は注をする程度で、田を辞めさせようとは考えていなかった。
田には1階の奥にある静かな部が割り当てられた。
チェックインを済ませた田は荷物を置くと、まだの残っているうちに川沿いへかけた。
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づいた々を眺めながらゆっくり歩き、その、くの堂へ入った。
田が注文したのは川魚料理と鮎の塩焼きだった。
を切り盛りしていた女性は、1で来ている田が気になったのか、料理を運びながら声をかけた。
「お客さん、どちらから?」
田は箸を置き、く答えた。
「名古です」
「何くらい?」
「2ほど泊まって、帰ります」
それだけの会話だった。
事を終えた田は、暗くなり始めた川沿いを歩いて旅館へ戻った。
その夜、青龍旅館には田以にも何組かの宿泊客がいた。2階にはの夫婦が泊まり、1階の別には学らしい若い男性が2いた。
午10を過ぎると、旅館の灯りは1つ、また1つと消えていった。古い建物のからは絶えず曽川の音が聞こえ、それ以にはほとんど何も聞こえなかった。
田もめに布団へ入った。
翌は曽のを歩く予定だった。
田にとって、それはどこにでもある週末旅の最初の夜にすぎなかった。
そして、その点では旅館にいた誰もらなかった。
田が自分の部で迎える夜は、それが最になるということを。
翌朝、田は午7頃に起きた。
洗面を済ませると朝を取り、佐藤が用した料理を静かにべた。佐藤はの事聴取で、そのの田に特に変わったところはなかったと話している。
「普通でしたよ。具が悪そうでもなかったし、誰かを怖がっているようにも見えませんでした」