"鳴らなかったホイッスル" 第1話
2003912のけ方、台14号が箱根帯を直撃した。
肌を叩きつける豪と暴に耐えきれず、箱根峠の古い休憩所では、裏にあるコンクリート擁壁に無数の亀裂がっていた。15く観客を迎えてきた施設だったが、今にも壁の部が崩れ落ちそうな状態だった。
緊急補修事の現監督として到着したのは、健だった。
38歳。を退して建設業界へ入り、全国の事現を渡り歩いてきたベテラン技術者である。のでヘルメットをかぶった健は、懐灯をに擁壁へづいた。
「表面だけの亀裂じゃないな……」
が染み込み、内部の鉄筋まで腐している能性があった。健は作業員たちをれた所に待させ、自らのみとハンマーを持って、崩れかけたコンクリートを慎に取り除き始めた。
しばらくすると、ハンマーの先にいものが触れた。
でも鉄筋でもない。健が懐灯をづけると、とセメントので細いのものがっていた。
壁の奥くに埋まった、ちぎれた属製の紐だった。
健は袋をした指で、ゆっくりとそれを引きした。すると、紐に絡みついていた黒い髪の毛の束が、湿ったコンクリートの隙から現れた。
「まさか……」
健の指が震えた。
紐の太さも、編み方も、ちぎれた留め具の形も、見覚えがあった。
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それは15、姉の美咲が仕事に首からげていたホイッスルの紐とよく似ていた。
健はさらに引こうとした。
しかし紐の先には、壁の奥からい抵抗が返ってきた。何かに絡みついているのではない。まるで向こう側で、誰かが今も握りしめているような触だった。
その瞬、健の脳裏に19881014の夜が蘇った。
当23歳だった姉、美咲。
40の観客を乗せたバスからりたまま、いのへ消えた女性ガイド。
警察は活を観した失踪だと判断した。しかしだった健だけは、最までそれを信じなかった。
姉は自分を置いて消えるようなではない。
「姉ちゃん……そこにいるのか」
健が呟き、再びハンマーを振りげようとしただった。
事現に警報音が鳴り響いた。
「追加崩落の危険があります! 全員、直ちに退避してください!」
全管理員たちが駆けつけ、健の腕をつかんだ。
「監督、危険です! 今ここを掘ったら、擁壁全体が崩れます!」
「待ってくれ。に何かあるんだ!」
「全確認が先です!」
健は作業員たちに引きされた。豪の向こうで、黄い入禁止の幕が擁壁のに張られていく。
健はのに残ったの紐を見つめた。
髪の毛が絡みついたその紐は、15といういを越えて、ようやく弟のに届いた姉からのらせにえた。
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19881014。
葉の季節を迎えた箱根には、くの観客が訪れていた。京を発した観バスは、富士と芦ノ周辺を巡り、午730分頃、箱根峠の休憩所に到着した。
バスガイドを務めていたのが、美咲だった。
美咲は両親をくにくし、祖母との弟を支えながら暮らしていた。健の学費を稼ぐため、卒業すぐに観会社へ入り、ガイドとして働き始めた。
るく責任がく、乗客の顔と数を度で覚える女性だった。
「健、お姉ちゃんが懸命働いて、絶対に学へかせてあげるからね」
それが美咲の癖だった。
その夜、箱根峠は普段より濃いに包まれていた。
休憩所の灯はいのでぼんやりと滲み、数メートル先のさえ見えない。もり始め、駐にはたいが吹き抜けていた。
美咲は乗客たちに声をかけた。
「発にもう度、数を確認いたします。お席でお待ちください」
美咲は名簿を抱え、ホイッスルを首からげたままバスをりた。
それが、乗客たちが見た最の姿となった。
運転の島造は、当40代だった。
10以同じ会社に勤めるベテラン運転で、元の運輸関係者や警察幹部とも顔見りだった。乗客たちから見れば、落ち着いた物腰の頼れる運転にしか見えなかった。
美咲が戻らないまま、10分が過ぎた。
乗客の1が尋ねた。
「ガイドさん、まだ戻らないんですか」
島は計を見ながら答えた。