"梅の下に眠る不動産王" 第1話
1995314、曜の朝。京・の架を抜けた先に、のタイルを張った8階建ての古いビルがっていた。
から見れば、どこにでもある事務所ビルにすぎない。だが、その建物に本社を構える宇井所は、京23区内にわせて50棟のビルを所する産会社だった。
午835分、秘の宮田は湯呑みを載せた盆を両で持ち、最階にある会の扉をけた。
「会、おはようございます」
いつもなら、く落ち着いた声がすぐに返ってくる。
「おはよう。今も寒いね」
しかし、その朝は何の返事もなかった。
宮田は盆を持ったまま、内を見回した。洗面所にでもっているのだろうとったが、奥の扉はいたままで、にの姿はなかった。
会の宇井源郎は68歳になっても、社員の誰よりく社する男だった。毎朝7には会へ入り、聞を隅から隅まで読んでいた。
机のには、老鏡がレンズをにして無造作に置かれていた。その横には折り目のついた聞と、半分ほど茶が残った湯呑みがあった。
宮田は盆を脇の机へ置き、湯呑みへ顔をづけた。
茶はすっかりえ、表面にはい膜が張っている。
その膜を見た瞬、宮田の背にたいものがった。
これは今朝入れた茶ではない。昨の夜から、ずっとここに置かれていたものだった。
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の313、曜。宇井は午9を過ぎても会に残っていた。
20く専属運転を務めている湯坂は、午9頃から玄関に黒いをつけ、主がりてくるのを待っていた。午920分を過ぎた頃、宇井は1で玄関からてきた。
仕ての良い、しかしし古びた紺のコートを着ていた。片には何も持っていなかった。
「湯坂さん。今はもういいよ」
宇井が静かに声をかけると、運転席からりた湯坂は戸惑った顔を見せた。
「お送りしますが」
「いや、歩いて帰る」
「歩いて、ですか?」
「たまにはいいだろう」
宇井が自分を先に帰すことなど、いのでも数えるほどしかなかった。湯坂はもう度申したが、宇井は穏やかに首を横に振った。
に警察から何度も同じ夜の様子を尋ねられた、湯坂は決まってこう答えた。
「顔が悪いとか、怯えているとか、そういうことはありませんでした。むしろ、何かを決めたのような、すっきりした顔をしておられました」
湯坂はを庫へ戻し、午10に帰宅した。それが、会社のが宇井源郎を見た最の姿だった。
翌朝、会がいないことをった社員たちは、すぐには警察へ届けなかった。宇井には誰にも告げず、所するビルを見て回る癖があったからだ。
古い雑居ビルの階段の踊りに何もち、窓のを眺めていたこともある。
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社員たちは午いっぱい、今回もそれだろうと考えていた。
しかし、正午を過ぎても連絡はなかった。世田の自宅にも戻っておらず、ち寄りそうな所物件を調べても姿はなかった。
当、携帯話を持っていたのは部の役員だけだった。宇井は「あんな首輪はいらない」と言い、最まで持とうとしなかった。
午2、会社はようやく警察へ届けた。
通報を受けた警察は、当初、事件性の判断に迷った。68歳の男性が晩帰宅していないというだけなら、すぐに規模な捜査を始める理由にはならない。
だが、消えた男が京に50棟のビルを所する産王だと分かった瞬、話は変わった。
夕方には警庁捜査1課から刑事たちが派遣された。そのに、当34歳だった巡査部の志垣達夫がいた。
志垣は会へ入ったの印象を、々まで鮮に覚えていた。
8畳ほどの、驚くほどな部だった。壁には価な絵もなく、応接用の革張りのソファは擦り切れ、肘掛けの部がくなっていた。
窓のに見えるのは、隣のビルのの壁だけだった。
50棟のビルを持つ男の部が、これなのか。
志垣は机へづき、え切った茶と老鏡を見た。聞は経済面がかれており、価落に関する記事の端に、鉛でさな丸がつけられていた。
「最に確認されたのは、昨夜920分頃です」
隣にった若い刑事が、帳を見ながら報告した。