"捨てた妻の春" 第3話
「ママ」
初めてそう呼んでくれたの顔。
私はすべてを写真に残した。
私のレンズのには、いつもがいた。
もまた、幼いなりの方法で私を支えてくれた。
価なおもちゃを欲しがることはなく、私が仕事をしているはスタジオの隅で静かに絵を描いていた。しきくなると、撮に使った物を元の所へ戻し、封筒へ写真を入れる作業まで伝ってくれた。
「ママ、これでってる?」
「あってるよ。ありがとう」
私が褒めると、は誇らしそうに笑った。
その笑顔を見るたび、隼に似ているとった。
目元も、筋も、角がしだけがる笑い方も、齢をねるほど隼の面が濃くなっていった。
けれど私は、ので隼の名をにしなかった。
が父親について尋ねるようになったのは、保育園へ通い始めてからだった。
「僕には、パパはいないの?」
さな子に座り、真剣な目で私を見げたに、私は嘘をつくことができなかった。
「いるよ」
「どこにいるの?」
「いところで、別のをきているの」
「僕に会いたくないの?」
胸を抉られるような問いだった。
私はのへ膝をつき、さな両を握った。
「がまれたことを、らないの」
「どうして教えなかったの?」
すぐには答えられなかった。
に理解できる言葉を選びながら、私はゆっくり伝えた。
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「そのは、ママと緒にいたくないと言ってていったの。だからママは、まで拒絶されるのが怖かった」
はしばらく考えた、私の首へ腕を回した。
「僕はママと緒がいい」
その言に、私は救われた。
写真館「」は、しずつ顧客を増やしていった。
最初は証写真や族写真だけだったが、私の撮った写真を見た客が別の客を紹介してくれた。個のポートレートから雑誌、広告、企業の商業撮へと仕事が広がっていった。
被写体がどんなであっても、そのが自分でも気づいていない瞬の表を残す。
それが私の写真の特徴だと評価されるようになった。
が学へがる頃には、清澄の根裏部をて、代官のマンションへ移ることができた。スタジオも広い所へ移転し、数のスタッフを雇うようになった。
は京でも名な私国際学へ格した。
学費の額を見た、根裏部で暮らしていた頃の私なら、を持つが震えていただろう。けれど、その頃には無理なく支払えるだけの収入を得ていた。
同じ頃、戸隼の名は経済ニュースで頻繁に見かけるようになった。
彼は融投資会社「SIキャピタル」の代表となり、国内の型案件を次々と成功させていた。麗華との結婚活も華やかに報じられ、2のには娘がいると記事にかれていた。
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画面ので微笑む隼を見ても、私のはもうかなかった。
私と隼は、交わることのない平線のように、それぞれの世界をきていた。
あの卒業式の招待状が届くまでは。
が12歳になった、学から卒業式の案内が届いた。
封筒をくと、式次第とは別に、1枚の類が入っていた。
優秀徒代表、吉田。
その文字を見た瞬、私は胸の奥がくなるのをじた。
は勉だけでなく、学事やボランティア活にも真面目に取り組んできた。卒業を代表し、来賓へ束を渡す役に選ばれたという。
さらに、学側から私へも依頼があった。
卒業式の公式フォトグラファーとして、式典の撮を担当してほしいという内容だった。
私は依頼を引き受け、来賓名簿に目を通した。
そのに、く見ていなかった名があった。
戸隼。
SIキャピタル代表。
図館建設の主寄付者。
私はを持ったまま、しばらくけなかった。
偶然だった。
私が隼を呼んだわけでも、と同じ台にたせるよう学へ頼んだわけでもない。けれど12という歳が、まるで自ら志を持っているかのように、私たちを同じ所へ集めようとしていた。
私はに、来賓のに父親がいることを伝えた。
リビングで宿題をしていたは、鉛を置き、静かに私の話を聞いた。
「今まで会ったことのないが、卒業式に来るの」
「僕のお父さん?」
は驚いたが、取り乱すことはなかった。