"捨てた妻の春" 第2話
執着。
その言葉がおかしくて、私はさく笑ってしまった。
隼に執着していたのなら、私はこので泣き叫び、麗華のもとへかないでほしいと縋っていただろう。妊娠を告げ、その命を使ってでも彼を引き留めようとしたはずだ。
けれど、そんなことをする気にはなれなかった。
私はペンを取り、のへゆっくりと自分の名をいた。
吉田静。
ペン先がを破りそうになるほど、1文字ずつくいた。最までき終えると、協議を隼のへ押し戻した。
「どうぞ」
隼は署名を確認し、目に見えて堵した。
彼は自分の分の類をに取り、子からちがった。そのまま振り返りもせず、へ向かって歩き始める。
扉ので度だけを止めたが、こちらを見ることはなかった。
「そのカードは使ってください」
最の慈を与えるような声だった。
扉が閉まり、部には私1だけが残された。
私はしばらく子に座り、隼がていった扉を見つめていた。それからゆっくりとちがり、テーブルに残された黒いカードを拾った。
カードを持ってゴミ箱まで歩き、そのへ落とした。
区役所のへると、真の差しが目に刺さった。あまりの眩しさに片をかざし、もう片方のでお腹を包む。
「丈夫」
誰に聞かせるでもなく、さく呟いた。
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「私が守るから」
隼。
私たちは、終わったのではない。
あなたのいないところで、私たちのが始まるのだ。
私は港区のマンションを売却した。
隼と麗華のいが残されているようにじる部で、子供を産み育てる気にはなれなかった。売却したと、結婚から貯めていた自分の預をわせ、清澄にさな舗を借りた。
舗の奥には狭い作業があり、そのには井のい根裏部が付いていた。居として適とは言えなかったが、私とまれてくる子供が暮らすには分だった。
私はそこに、写真スタジオをいた。
名は「」。
写真は、度と戻らないを残すものだからだ。
がまれた、私は分娩で10以の陣痛に耐えた。
痛みの波が来るたびにシーツを握り締め、何度も識がのきそうになった。付き添う族はいなかった。
護師から、夫や族への連絡が必かと尋ねられた、私は首を横に振った。
「夫はいません」
それ以説を求められるのが辛くて、私は続けた。
「この子の父親は、んだとってください」
やがて、力い産声が分娩に響いた。
胸のに乗せられたさな赤ん坊は、顔を真っ赤にして泣いていた。その温かさをじた瞬、私は初めて涙を流した。
婚したにも泣かなかった。
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隼が麗華のもとへったにも泣かなかった。
けれど、まれてきた子供を抱いた、これまで耐えてきたものが気に溢れた。
「」
私は泣きながら、その名を呼んだ。
を越えた、必ず訪れる季節。
どれほどたいが続いても、いつかかなが来ることを忘れないように、その名を付けた。
退院、私はを抱いて写真館のにある根裏部へ戻った。
そこからの活は、像していた以に厳しかった。
ミルクをませ、おむつを替え、ようやく眠ったとえば、数もしないうちに再び泣きす。を抱いたまま顧客からのメールを確認し、片で画像を修正した夜もあった。
撮にが泣きせば、顧客へをげて奥の部へった。所のにだけ預かってもらい、急いで仕事を終わらせたこともある。
数え切れないほどの夜、私は泣き続けるを抱き、根裏部のさな窓からの灯りを見つめた。
世界から切りされた、孤独な島にいるようだった。
それでも私は泣かなかった。
泣いたところで、のお腹が満たされるわけではない。賃が払えるわけでも、仕事が終わるわけでもなかった。
涙は、あの頃の私にとって最も役にたないものだった。
私は自分のに残っていた力を、とカメラへ注ぎ込んだ。
が初めて寝返りを打った瞬。
さな歯がえた。
具につかまり、震えるでちがった姿。
何度も転びながら、私の方へ最初の1歩を踏みした瞬。