"捨てた妻の春" 第1話
「吉田静さん、署名を」
戸隼は、私のへのペンを放り投げた。ペンは艶のある製テーブルのを転がり、え切った部に澄んだ音を響かせた。
彼の首にはめられた級腕計が、区役所の井からり注ぐい照を反射していた。隼が計へ目を落としたのは、この部へ入ってからすでに3度目だった。
午3。
午4台のに乗り、青麗華が待つ所へ向かわなければならないのだろう。初恋の女性と再婚するため、私との婚を刻もく終わらせたがっていることは、その態度を見れば嫌でも分かった。
私は目のに置かれた婚協議へ線を戻した。
財産分与として、港区のマンション1戸、自1台、そして現5000万円を私へ渡すとかれていた。額だけを見れば、婚する妻に対して分すぎる条件なのかもしれない。
けれど私は、に並ぶ文字を1つずつ、ゆっくりと目で追っていた。
隼の指先が、苛たしげにテーブルを叩く。
とん、とん、とん。
それはまるで、私たちの5を終わらせるためのカウントダウンのようだった。
「そんなにく読む必がありますか」
私が顔をげると、隼は子の背にもたれ、たい目でこちらを見ていた。
「弁護士に確認させたものです。あなたの取り分が当になくならないよう、分に配慮しています」
広告
その言葉が終わると同に、彼の隣に置かれた携帯話が震えた。画面に浮かびがった名を見た瞬、隼の険しかった表がわずかに緩んだ。
麗華。
隼は携帯話をに取り、窓際まで歩いていった。私に背を向け、声をくして話していたが、話の相へ向けた甘い響きまでは隠せていなかった。
「もうすぐ終わるよ。うん、すぐ空港へ向かう。チケットは予約してあるから、配しなくていい」
話を切って戻ってきた隼は、私がまだ署名していないことに気づくと、骨に眉をしかめた。
「いったい、何をぐずぐずしているんですか」
私は答えず、協議の最のページをめくった。
子供に関する項目には、はっきりと記されていた。
婚姻の子供なし。
私のが、無識に腹部へ向かった。
から見れば、まだ何の変化もない平らなお腹だった。けれど、その内側には妊娠3ヶになるさな命が確かに宿っている。
数、病院で渡された超音波写真を見た、私は震える指でさなをなぞった。隼に伝えなければといながらも、彼はそのの夜、麗華とをやり直したいと告げてきた。
初恋の女性を忘れられなかった。
私との結婚は違いだった。
刻もく婚し、麗華と正式に夫婦になりたい。
彼は迷いなくそう言った。
私はお腹を押さえたまま、正面に座る隼を見つめた。
広告
端正な顔ちだった。い目元も、通った筋も、結婚当初から何も変わっていない。
変わったのは、その顔が私へ向けるだけだった。
今の隼の目には、苛ちと嫌悪しかなかった。まるで私が、級なスーツに付着したさな汚れであるかのように。
「隼さん」
私が静かに呼ぶと、彼は面倒そうに顔をげた。
「私たちが結婚して、5になりますね」
隼はくだらない冗談でも聞いたかのように、からく息を漏らした。
「だから何ですか。もっとが欲しいと言うつもりなら、額を言ってください」
彼は財布から黒いカードを取りし、協議のへ投げた。
「暗証番号はあなたの誕です。座に入っているは、好きに使って構いません。これで分でしょう」
私はカードへ目を向けなかった。
「私をしたことはありましたか」
その言葉を聞いた瞬、隼の表に苛ちが広がった。踏んではならない所へ私がを踏み入れたとでも言いたげに、目を細める。
「そんな幼稚な質問はやめてください。私たちはでしょう」
「私たちは夫婦でした」
「過形です」
隼はたく訂正した。
「もうすぐ、そうではなくなる」
彼は私のから協議とペンを奪い、署名欄を指でく叩いた。
「く署名してください。これで終わりです。あなたはを受け取り、自分のをきればいい。
もう私に執着しないでください」