"午後4時の失踪日記" 第6話
そして5初め、運靴の靴底から、岸の砂とは異なるの成分が見つかった。
そのは、浜浴から約3kmれた部の質と致していた。
健は失踪以、あるいは失踪当に、その部へを運んでいた能性があった。
警察と消防、元のボランティアによる規模な捜索が始まった。
対象となったのは、浴から内陸へ入った部だった。古い林や使われなくなった建物、に覆われた空きが点し、12の捜索では調べられていない所ばかりだった。
捜査員たちは質調査の結果を基に範囲を絞った。
運靴へ付着していたと同じ成分がい所を確認し、廃墟となった建物の周辺を点に探した。
6旬。
廃墟の裏にある藪ので、捜査員が黒く変した跡を見つけた。表面だけを見れば、古い油やのようにも見えた。
鑑識員が薬品を使って調べると、複数の所から血液に反応する痕跡が現れた。
12ものが過ぎていたが、建物ので直射やを避けられたため、成分の部が残っていた。
採取された試料はDNA鑑定へ送られた。
結果を待つ、捜査員たちは似顔絵の物を探し続けた。1998当の民記録や転入記録、宿泊者名簿を照し、似た齢の男性を1ずつ確認した。
そので、並介という物が浮した。
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1998当42歳だった並は、そのの7に浜周辺へ移りみ、失踪事件直の9に突然別の県へ転居していた。
似顔絵の特徴ともよく似ていた。
並の過を調べると、以は別の町で規模な事業を営んでいたが、倒産していたことが分かった。借を抱えたに方をくらませ、詐欺や恐に関係した歴もあった。
さらに、浜浴くの民宿に、814から16まで宿泊していた記録が見つかった。
偽名を使っていたため当は結びつかなかったが、民宿のが似顔絵の男性として記憶していた物と、並が同物である能性がまった。
2010当、並は別の県でさなを営んでいた。
12、きな事件を起こすこともなく、妻や従業員と平凡な活を送っていた。警察が接触するまでは、過を疑われている様子もなかった。
ところが、浜の警察が自分を調べているとると、並の態度は急変した。
従業員の証言では、話があったから落ち着きを失い、の奥で何度も誰かへ連絡していたという。類を理し、部を処分しようとする姿も見られた。
捜査員は、1998当の携帯話記録を調べ直した。
詳細な通話内容は残っていなかったが、基局への接続記録から、おおよその所を確認することができた。
815の午4頃。
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並が使用していたとみられる携帯話は、浜浴周辺の基局へ接続していた。
健の記にかれていた面会と致していた。
並と健の関係を調べると、さらにな事実が判した。
並が以営んでいた事業は、学を対象とするアルバイト仲介業だった。学の古い資料を確認すると、1998期に並の業者が学向けの求広告をしていた。
広告には「収入」「期」「未経験」という言葉が並んでいた。
実際には仕事を紹介するに登録料やを求め、を受け取ったに連絡を絶つを繰り返していたとみられた。
健の友を再び尋ねると、健が1998のに期アルバイトを探していたという証言がた。
「計が苦しいから、しでも自分で稼ぎたいと言っていました」
友は当をいしながら答えた。
「どんな仕事かは話してくれませんでした。いい話があるとだけ言っていました」
警察は、健が並の求へ応募し、を支払った能性がいと判断した。
その、仕事がしないと気づき、返や謝罪を求めた。並は健から問題を公にすると迫られ、圧力をかけていたのではないか。
記に記された銭問題と、並の過のがつながり始めた。
7末、で発見された血痕のDNA鑑定結果が届いた。
採取されたDNAは、健の両親から提供された試料と親子関係を示した。
血痕は、佐藤健のものである能性が99.9%以と判定された。