"午後4時の失踪日記" 第5話
Kは引き続き圧力をかけている〉
87の記録には、追い詰められたが滲んでいた。
〈この問題を解決する方法を見つけなければならない。これ以、先延ばしにはできない〉
そして810。
〈ついにKとの最の面会を決めた。815、浜浴で全てに決着をつける。今回が最の会だ〉
失踪当の815のページには、わずか1しかかれていなかった。
〈今、全てが決まるだろう〉
そのには、震えるような文字で「午4」と記されていた。
友たちが健を最に確認したと、ほぼ致していた。
跡鑑定の結果、記をいたのは健本であると確認された。
学の課題や試験答案と照すると、文字の癖や圧が致した。インクの成分も1998当に使用されていた製品と矛盾しなかった。
記にはK以に、HとJという物も登していた。
Hは健へ助言を与える物としてかれ、Jは同じ問題を抱える仲のように記されていた。しかし、どの文字も実名へ結びつけることはできなかった。
警察は12ぶりに、学の同期や関係者を再調査した。
経営学部の名簿を確認し、K、H、Jで始まる氏名を洗いした。だが、同じ学科の学とは限らず、学の物である能性もあった。
健と浴へった友たちは、記の内容をらなかった。
「銭な問題があるなんて、度も聞いていません」
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12と同じように、全員が首を横に振った。
健の両親も驚きを隠せなかった。
健は定期なアルバイトをしておらず、両親から受け取る遣いもくはなかった。しかし、額なを必とする事があるとは聞いていなかった。
再調査ので、当同じ学科にいた女性がたな記憶を語った。
19987末頃、健が学くの喫茶での男性と話している姿を見たという。
「30代半ばくらいに見えました。スーツを着ていて、学関係者には見えませんでした」
女性は記憶をたどりながら、両を膝ので組んだ。
「健君は緊張していました。就職の面談かとったんですけど、今考えると、相に責められているようにも見えました」
12というのため、喫茶はすでに閉していた。
周辺のもくが入れ替わり、当をる物を探すのは難しかった。捜査員は古い宅図や商名簿を調べ、1軒ずつ元主の所を確認した。
その過程で、学正くに台をしていた井という男性へたどり着いた。
井はく考えた末、健がの男性と緒に台へ来たことをいした。
「1998のだったといます」
井は当の位置を確かめるように、先の面を指差した。
「2で酒をんでいました。若い方はずっと緊張していて、の男が何かをく言い聞かせているじでした」
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男性は40歳に見えた。
標準な体格で、角張った顔とい髪が特徴だった。装はスーツで、学とはらかに違う雰囲気だったという。
警察は井の記憶を基に似顔絵を作成した。
12の度の目撃だったが、普段とは異なる客だったため印象に残っていた。完成した似顔絵は、浜町や学周辺へ配布された。
数、浴くで民宿を営んでいたという女性から連絡が入った。
「このに似た男性が、19988に泊まったといます」
によれば、その男性は814から16まで1で宿泊していた。誰かを待っているように何度も計を確認し、落ち着かない様子を見せていたという。
宿泊名簿には偽名とわれる名が記され、所や連絡先も正確ではなかった。
815の午、男性はした。
戻ってきたのは夜で、顔が悪く、ひどく消耗していた。が声をかけても、く返事をしただけで部へ入ってしまったという。
記にかれていた面会と。
浜くに滞していた男性。
警察は、この物がKである能性を疑い始めた。
20104、警察署は佐藤健事件の専従捜査チームを編成した。
5の捜査員が配置され、1998当に収集された証拠を、最の科学技術で再分析することになった。
健が残した運靴やタオルも、改めて鑑定へ回された。
12にはがないと判断された微量な付着物から、しい報が得られる能性があった。