"51%の警備員" 第1話
「その名札、していただけますか?」
京・丸の内にそびえる成グループ本社。その1階ロビーで、企画統括専務の森貴彦は、髪の警備員を見ろしていた。
「あ……」
警備員が胸元へを伸ばすと、細く節くれった指がわずかに震えた。それを見た貴彦は、骨に眉をひそめた。
「そんなにを震わせないでください。みっともなくて見ていられません」
次の瞬、貴彦のが警備員の胸元へ伸びた。
名札をつかみ、そのまま乱暴に引っ張る。布が裂ける乾いた音が、い井のロビーに響いた。
へ落ちた名札には、こう刻まれていた。
――川松蔵。
「から来なくて結構です」
貴彦はたく言い放ったが、すぐに考えを変えたように元をゆがめた。
「いや、からではありません。今すぐてってください」
ロビーには勤途の社員が数いた。だが、誰ひとりとしてにることはできなかった。
30、毎朝同じ所にち、社員たちを迎えてきた警備員だった。顔の悪い社員にはコーヒーを渡し、困っている者がいれば誰よりもく駆けつける老だった。
それでも、企画統括専務に逆らえる者はいなかった。
松蔵は何も言わなかった。
ゆっくりと腰を折り、に落ちた名札を拾った。裂けた警備の胸元を片で押さえ、くをげた。
「い、お世話になりました」
広告
その声にはりもみもなかった。
貴彦はで笑い、秘を連れてエレベーターへ向かった。社員たちはを空けながら、っていく松蔵の背を黙って見送った。
誰もらなかった。
その老が腰を曲げていたのは、いからではない。
30、自らの正体を隠すためだった。
そして翌、成グループ本社15階の会議では、貴彦を代表取締役に選任するための臨取締役会がかれようとしていた。
午10。
い扉がいた。
取締役たちは、斉に入へ顔を向けた。そして、そこにつ物を見て、自分の目を疑った。
昨、犬のようにロビーから追いされた警備員だった。
松蔵は、丁寧にアイロンをかけた古い背広を着ていた。胸には、昨引きちぎられた名札が、きれいに縫い直されていた。
老はゆっくりと会議の奥へんでいく。
やがて座の子のでち止まると、顔面を真っにしている貴彦を静かに見つめた。
「始めよう」
い声が、静まり返った会議に響いた。
「臨取締役会を」
松蔵の朝は、午430分に始まった。
京のれにある、13坪ほどの古い都営宅。黄ばんだ壁はところどころ浮きがり、になると窓枠の隙からを切るようなが入り込んだ。
古い目覚まし計が鳴ると、松蔵は2度目のベルを待たずに起きがった。
広告
やかんにを入れ、インスタントコーヒーを1杯作る。それから炊飯器をけ、蔵庫に残っている材で弁当を2つ詰めた。
1つは自分の分。
もう1つは、孫娘の恵美の分だった。
「おじいちゃん、また卵焼き?」
寝ぼけた顔の恵美が、台所の扉からのぞいていた。
13歳、学1。11、養子として迎えた息子の正雄が残していった、松蔵にとって唯の族だった。
「うちの恵美が、卵焼きを番よくべるからだよ」
「それ、学の頃の話でしょう」
恵美は満そうに頬を膨らませたが、弁当箱をけると、卵焼きをひとつつまんでへ入れた。
「まあ、いいや。ちゃんとべる」
「儀が悪いぞ」
「おじいちゃんも気をつけてね。今も転ばないでよ」
恵美がさくをげる。
松蔵にとって、それが1のうちで最も温かい瞬だった。
午510分の始発に乗り、とバスを乗り継いで約50分。松蔵が向かうのは、町のに建つ25階のガラス張りのビルだった。
成グループ本社。
社員約4200、商3000億円。さな精密械部品の製造から始まり、今では国内数の企業グループに成していた。
松蔵は、その会社の正を30守り続けていた。
は17万8000円。そのうち5万円を恵美の学費用として積みて、賃や費を払うと、元にはほとんど残らなかった。
財布のに入っているのは、数枚の千円札と、表面のコーティングが剝がれた古い族写真だけだった。
「川さん、今も番ですね」