みかん小説
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"霧葬の山岳会" 第7話

それ以来へ入ることはなくなり、2010、70歳で静かに世をった。

藤本はくなる、妻に度だけの分からない言葉を残していた。

「あの娘さんには、本当に申し訳ないことをした」

妻が理由を尋ねても、藤本は目を閉じたまま答えなかった。その言葉のらかになるのは、さらに数のことだった。

酒井は子供たちの学費用を稼ぐため、副業を始めた。休が減り、岳会の集まりへ顔をすこともなくなった。

だった久保は学院を修した、関方の私学へ職を得た。質学者として何度か野県内を訪れることはあったが、へは度とを運ばなかった。

井は教からへ昇格し、隣町ので定を迎えた。穏やかで信頼のい教育者として、退職式ではくの教え子に見送られた。

退職は自宅の庭で野菜を育て、老会の世話役も引き受けた。誰の目にも、申し分のない第を送っているように見えた。

は事件も、しばらく1を歩き続けた。ただし黒岩岳へは決して登らず、アルプス部へを踏み入れることもなかった。

彼が選ぶのは、ない元のばかりだった。朝に発し、誰とも言葉を交わさないまま夕方に帰ってきた。

事件から5ほどが経った頃、井は父の病気をきっかけにを継いだ。

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それ以岳会の集まりにもほとんど姿を見せなくなった。

結婚はせず、母親と2の2階に暮らした。職としての腕は確かで、町の々からの評判も悪くなかった。

ただ酒をむと、突然泣きすことがあると噂されていた。理由を尋ねられても何も答えず、ただ「すみません」と繰り返したという。

2005、事件から7が過ぎた、青嶺岳会は正式に解散した。井の宣言によって、30続いた会の歴史は静かに幕を閉じた。

古いザイルやテント、共同装備、会員名簿は井の自宅の物置へ納められた。そのには、199810計画も含まれていた。

は容赦なく流れた。商では古いが1軒、また1軒と閉し、2008には役所の建物も建て替えられた。

真美が勤務していた民課の古い庁舎は取り壊され、跡には駐が作られた。それでもの庭の犀だけは、毎変わらず甘いりを放った。

良警察署の類棚にも、毎1通ずつ茶い封筒が増えていった。2014の初め、封筒の束は15通になっていた。

子は75歳になっていた。背し曲がり、文字をも震えるようになったが、犀の世話と警察へのだけはやめなかった。

その頃、黒岩岳の稜では、16から誰にも見つけられないまま、岩の隙に1つの真実が眠り続けていた。

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に包まれたあのから、誰にも触れられず、名さえ失いかけていた。

その沈黙が破られたのは、20146のことだった。アルプスには梅が広がり、稜線には植物が咲き始めていた。

京都内から夜バスで野県へ入った21歳の浦健は、黒岩岳の稜ルートを1で登っていた。岳部に所属する3で、球科学を学ぶ真面目な青だった。

の本格に、最慣らしをするつもりだった。気予報では昼からるとされていたため、午4には登発した。

ヘルメット、ハーネス、確保器、無線通信能のある発信まで、装備に抜かりはなかった。午9過ぎ、浦は段の急なガレを慎に横切っていた。

を置いた拳ほどの岩が、突然音もなく崩れた。浦は声をげるもなく元を失い、砕けたと共に斜面を滑った。

反射に伸ばしたが、くの岩角をつかんだ。岩はかろうじて彼の体を支え、浦は荒い呼吸を繰り返しながら、を探した。

その、顔のすぐ横にある暗い隙が目に入った。が1うずくまれるほどの、岩と岩に挟まれた狭い空だった。

最初は黒い塊にしか見えなかった。だが目を凝らすと、それが苔や類に覆われた古い登靴であることが分かった。

靴の奥には、汚れたいものがあった。

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