みかん小説
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"霧葬の山岳会" 第6話

28歳のまま笑う真美と、66歳でくなった元蔵の遺だった。

里恵は姉が消えた当京のさな版社で編集の見習いをしていた。らせを受け、幹線の内で泣きながら帰郷したのことを、何度もに見た。

父がくなった、里恵は母を1にしておけないと考え、京の仕事を辞めた。方の版社へ転職し、実までで2ほどの距むようになった。

2005、里恵は転職先でった穏やかな同僚と結婚した。式は婦と双方の族だけでう、ささやかなものだった。

いドレス姿の里恵を見た子は、わず「真美も」とにしかけた。だがすぐに唇を結び、目元をハンカチで押さえた。

里恵は、姉のことを結婚相にも詳しく話していなかった。

「姉がいたんだけど、若い頃にくなったの」

それだけだった。義理の両親からどんな姉だったのか尋ねられても、里恵は度息をのみ、「とてもるいでした」とだけ答えた。

夫を失い、次女を嫁にした子は、の古いに1で残された。朝起きると、まず仏壇の扉をき、2枚の写真へ線げた。

それから台所にち、でもでも麦茶を沸かした。めるまでのにガラスのコップを2つ用し、1つを自分用、もう1つを真美のために仏壇へ供えた。

真美は子供の頃から麦茶が好きだった。

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寒いの夜でも、「お母さん、私は麦茶がいい」と言い、子を呆れさせた。

「今も麦茶にしたよ」

子は写真へ語りかけ、コップの向きをえた。そのは庭へて、きく育った犀の根元にしゃがんだ。

真美が、学から鉢で持ち帰った苗だった。面へ植え替えた根を越えるほどに成し、になるとまで甘いりを漂わせた。

「真美、今もきれいに咲いたよ」

子は雑を抜きながら、毎朝同じように声をかけた。返事はなかったが、それでもやめることはなかった。

そして子には、もう1つ欠かさず続けている習慣があった。毎1012、真美の命になると、机へ向かい、野県警察本部宛てにいた。

便箋の最初には、毎ほとんど同じ言葉が並んだ。

野県警察本部御。私は19981012に黒岩岳でとなりました真美の母、子と申します」

子は老鏡をかけ、震え始めた指でゆっくり文字をいた。

「娘がいなくなって、もう何が経ちましたでしょうか。それでも私は、どうしても諦めきれないのです」

「あので娘のに何があったのか、どうか、もう度お調べいただけませんでしょうか」

には、そのに起きたことを1つだけき添えた。

「今は夫の元蔵が4くなりました。夫は最まで娘のを受け入れることができませんでした」

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「今は次女の里恵が嫁にきました。真美の代わりにとうと、私はただ複雑な気持ちでございます」

「今は庭の犀が、いつものよりく咲きました。真美もきっとりを楽しんでいることといます」

は毎野県警本部から良警察署へ回送された。やがて古い類棚の片隅に、茶い封筒が1通ずつ丁寧に積みねられていった。

最初の数は、若い警察官が気の毒そうに目を通すこともあった。だがが経つにつれ、しく赴任してきた者たちは、その封筒のさえらなくなった。

それでも子はくことをやめなかった。返事がなくても、事件がかなくても、毎同じに机へ向かった。

娘を忘れていないが、ここに1いる。そのことを警察へ伝えるように、子はき続けた。

青嶺岳会もまた、事件を境にしずつ姿を変えていった。誰も真美の名をにしようとせず、例会では登計画だけが淡々と話しわれた。

1999、副会の沢田は勤めていた信用庫を辞め、京の関連会社へ移った。最の例会でげたが、真美の事故については言も触れなかった。

「皆さんには、本当にお世話になりました」

沢田はそれだけを繰り返し、会員たちと握を交わした。井も余計な言葉をかけず、静かにその背を見送った。

事件から3の2001、藤本は軽い脳梗塞で倒れた。

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