"霧葬の山岳会" 第5話
茶のの棚には、28歳の笑顔のままの真美の写真が置かれ、その横には赤いキャップと同じのさな造が飾られた。
1998の晦、良には例よりいがった。子が越しそばを作り、卓へ運ぶと、そこには3つの椀しか並んでいなかった。
元蔵は席へ着くにち止まり、空いている真美の子を見つめた。
「母さん、もう1分いるんじゃないか」
子は何も答えなかった。台所へ戻り、しい椀にそばをよそうと、湯気のつそれを真美の席へ置いた。
「にいるなら、寒いだろう」
元蔵はそう呟き、そばにはをつけなかった。子も箸を持ったまま俯き、やがて耐えきれずに台所へ戻った。
戸棚のにつと、声をてないよう元をで押さえた。族3で囲む卓の向こうから、真美の笑い声が聞こえたような気がした。
翌の19994には、本来なら真美の結婚式がわれる予定だった。婚約者の青は告別の会の、度だけを訪ねた。
青は黒いを着て仏壇のに座り、いをわせた。子が麦茶をしても、なかなか振り返ろうとしなかった。
帰り際、青は玄関先でくをげた。
「真美さんとの約束は、私のでこれからもずっと続きます」
声を震わせながらそう告げると、彼は静かにをていった。に勤務先へ異を申して、関方のへ移ったと子はづてに聞いた。
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そのらせを受けた、子はほっとしたような、さらにいしみに沈んだような、議な気持ちになった。あの青も、これでようやく自分のを歩み始められるのだとった。
元蔵の様子がおかしくなったのは、そのの頃からだった。退職で買ったばかりの釣り具は物置の奥へしまわれ、度と取りされなかった。
代わりに、元蔵は毎朝、所のバスへ歩いていくようになった。真美が役所へ通うに利用していた、古い根のついたさな留所だった。
元蔵は子へ座り、何本ものバスを見送った。役所方面へ向かうバスが止まるたびちがり、りてくる乗客の顔を1ずつ確かめた。
「元蔵さん、また娘さんを待っているの」
所の女性に声をかけられても、彼は曖昧に笑うだけだった。
「そのうち帰ってくるから」
そう答えることもあったが、声には力がなかった。
夜になると、元蔵はい焼酎を湯みに注いだ。若い頃はほとんど酒をまなかった男が、黙って何杯も喉へ流し込んだ。
「お父さん、もうやめなさいよ」
子がを伸ばして湯みを取りげようとすると、元蔵は「ああ」とだけ答えた。それでも翌晩になると、また同じ所で酒をんだ。
2000の元、世ではしい世紀の始まりが祝われていた。テレビから華やかな映像が流れる方、の茶のにはい沈黙が落ちていた。
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元蔵は画面を見ず、真美の写真へ背を向けたまま座っていた。子は仏壇へしいを供え、そっと扉を閉じた。
が流れても、元蔵は娘のを受け入れなかった。遺体が見つかっていない以、どこかできているかもしれないといういを捨てられなかった。
20034、元蔵は66歳になっていた。ある朝、いつものようにバスへ向かおうと庭へたところ、ので突然崩れるように倒れた。
子は、真美が学の頃に持ち帰ってきた犀へをやっていた。夫が倒れる姿を目にすると、じょうろを放りして駆け寄った。
「お父さん!」
所のが救急を呼び、元蔵は内の病院へ運ばれた。診断は脳梗塞だった。
識は度も戻らず、3の朝、元蔵は静かに息を引き取った。病の窓からい朝が入り、いシーツのに置かれたを照らした。
子はたくなった夫のを、い握り続けた。隣では、真美より3歳の妹・里恵が母の肩を抱き、声を殺して泣いていた。
「お父さん、お姉ちゃんに会いにったのかな」
里恵が涙声で呟くと、子はゆっくり首を横に振った。
「いや。あのは、まだあの子に会っていないんだよ」
子は夫のを自分の頬へ当てた。
「会えていないから、こうしてくってしまったんだ」
そのから、の仏壇には2枚の写真が並ぶことになった。