"消えた背番号1" 第1話
平成12、京。
都内のホテルで、プロ野球選・藤原健の引退会見がかれていた。
藤原は36歳。速球派投としてく第線で活躍し、数々の名勝負を残してきた。会には100を超える報陣が集まり、テレビカメラの赤いランプが斉に点灯していた。
午2、濃紺のスーツを着た藤原が姿を現した。
いつもなら記者の質問に静かな笑みを返す男だった。しかし、そのの藤原は度も顔をげなかった。
テーブルには、球団が用した引退会見用の原稿が置かれていた。
藤原はそれをに取ったものの、最初のすら読もうとしなかった。両で原稿を伏せると、震える息を吐き、ゆっくりとマイクへ顔をづけた。
「今は、引退の理由をお話しします」
会でペンをらせる音が響いた。
「肩の故障が原因ではありません。齢のせいでもありません」
藤原はそこで言葉を止めた。
額には汗が浮かび、固く握られた拳が刻みに震えていた。
「18、僕はを殺しました」
記者たちのが止まった。
誰かが子をかした音だけが、静まり返った会に響いた。
藤原は顔をげた。目にはすでに涙があふれていた。
「昭57319。僕は代の友を殺しました」
「友というのは、誰ですか」
列の記者が、かすれた声で尋ねた。
藤原は何度も唇をかし、ようやくその名をにした。
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「宮崎武志です」
その瞬、会の空気がきく揺れた。
宮崎武志。
昭57、の選抜会への直にした、伝説の投だった。
当の記録では、学の裏で転倒し、をく打ったことによる事故とされていた。
しかし藤原は首を横に振った。
「事故ではありません」
声が震え、涙が頬を伝った。
「僕がで殴りました。武志を殺したのは、僕です」
18閉ざされていたの夜が、藤原の告によって再びき始めた。
すべての始まりは、昭573。
阪府部にある、1つの業だった。
昭573。
阪府部の業は、の選抜会を目に控え、学全体が祭りのような気に包まれていた。
正には「祝・選抜会」とかれた横断幕が掲げられ、廊には選たちの写真が並んでいた。
そのに飾られていたのが、背番号1をつけた宮崎武志だった。
3、18歳。
無駄なきのない投球フォームから放たれる速球は、ただ速いだけではなかった。打者が芯で捉えたとっても、ボールは力なく内野へ転がった。
捕のミットに収まるたび、乾いた音がグラウンドに響いた。
パシーン。
その音を聞けば、野球部員たちはできた。
武志がマウンドにっている限り、このチームは負けない。
監督も、選も、元の応援団も、そう信じていた。
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プロ球団のスカウトたちは、連のように練習へ姿を見せていた。聞記者たちはネット裏に並び、武志が投げるたびに帳へ数字をき込んだ。
それでも武志本は、騒がれることを好まなかった。
チームメイトが冗談を言っても、元をし緩めるだけだった。取材を受けても、い言葉で答え、すぐに練習へ戻った。
無でのないだとう者もいた。
しかし、武志をよくる者は誰も彼を責めなかった。
彼には、笑っている余裕がなかったのだ。
武志の父親は、彼が学のにの事故でくなっていた。
残されたのは、病な母親と3の子供だった。
武志は男で、そのに学の妹と学の弟がいた。
母親は体調を崩すことがく、くの病院への通院を続けていた。父親が残したわずかな貯も、治療費と活費でほとんどなくなっていた。
武志は毎朝4半に起き、聞配達をした。
放課は野球部の練習に参加し、練習が終われば所の町へ向かった。油の匂いが染みついた作業着を着て、夜10まで働いた。
に帰る頃には、妹も弟も眠っていた。
えた夕を1でべ、翌の授業の準備をしてから、武志はようやく布団に入った。
それでも音を吐かなかった。
野球を続ければ、プロになれるかもしれない。
プロになれば契約が入る。
母親の治療費を払い、妹をへかせ、弟にしいを買ってやれる。
武志にとって野球は、のであると同に、族を救うための唯のだった。