"消えた仕送り720万円" 第1話
パートの休みを利用して、私は母のむアパートへ向かった。
を乗り継いで1半。そこからさらにバスに揺られ、古い宅の留所でりると、頬を切るような気が襲ってきた。
1旬。今番の寒波が来ているというニュースどおり、吐いた息はく凍り、袋のの指先までじんじんと痛んだ。
母のアパートは築40を超える古い建物だった。壁には細いひびがり、錆びた階段のすりがの空ので寒々しくっている。
2階へがり、私は母の部のチャイムを押した。
しばらく待っていると、ドアがゆっくりといた。
「まあ、富代。来てくれたの」
母の顔を見た瞬、胸の奥がく締めつけられた。
頬はこけ、唇は乾燥でひび割れ、目のにはい隈が刻まれている。真だというのに、母はいカーディガンのから毛布を巻きつけただけの姿だった。
に会ったより、体がひと回りさくなったように見えた。痩せた肩が毛布ので刻みに震えている。
「お母さん、寒くないの?」
「丈夫よ。く入りなさい。はえるでしょう」
促されるまま部へを踏み入れた私は、わずそのでち止まった。
部のは、とほとんど変わらないほどえ切っていた。エアコンもストーブもあるのに、どちらもいていない。
吐く息が、内でもく見えた。
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「お母さん、どうしてをつけてないの? こんなに寒いのに」
「費がもったいないでしょう。毛布をねれば分よ」
母は笑ってみせたが、その表の奥に隠れた疲労までは消せていなかった。
を取ると、氷のようにたい。指先はに変わり、血が通っていないことが目で分かった。
「何が分なのよ。こんなになってるじゃない」
私は慌ててエアコンのスイッチを入れ、ストーブにも灯油を入れようとした。しかし、台所の隅に置かれた灯油缶は、ほとんど空だった。
嫌な予を覚えながら蔵庫をける。
にあったのは、賞期限のい卵が2個と、萎びたほうれんが束だけだった。棚には米がわずかに残り、缶詰が2つと乾燥うどんが1袋置かれている。
それが、78歳の母の料のすべてだった。
「お母さん、ちゃんとべてるの?」
「べてるわよ。を取ると、そんなにお腹が空かないの」
「嘘ばっかり」
私はコートを脱ぐことも忘れ、くのスーパーへった。
肉、魚、野菜、米、卵、牛乳、用品。それらを両いっぱいに抱えて戻ると、母は申し訳なさそうな顔で玄関にっていた。
「こんなに買わなくてもよかったのに」
「何を言ってるの。蔵庫が空だったじゃない」
温かい噌汁と雑炊を作り、母のに置いた。ようやくまり始めた部ので、母は湯気のつ茶碗を両で包み込み、ほっとしたように目を細めた。
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その姿を見ながら、私は胸の奥で考えた。
毎5万円ではりなかったのだろうか。
12、私は母に仕送りを続けてきた。に5万円が加われば、をし、事を削らなければならないほど困窮するとはえない。
それでも、目のの母は寒さと空腹に耐えていた。
「もっと仕送りを増やすね」
わずにすると、母は議そうに顔をげた。
「仕送り?」
「うん。毎送ってる分。これからし増やすから」
母は箸を止めた。
「仕送りなんて、らないけど」
その言葉を聞いた瞬、部の温度が再びがったようにじた。
「らないって……どういうこと?」
「富代からおなんて、受け取ったことないわよ」
母は何もらない顔でそう答えた。
私はそれ以、何も言えなかった。
ただ、12信じて振り込み続けてきた座番号が、のに鮮に浮かんでいた。
あの番号を教えてくれたのは、夫の信吾だった。
そして私は、その初めてった。
私が母のために送り続けてきた720万円は、体どこへ消えたのだろう、と。
私の名は楠富代。55歳。
元のでパートとして働き始めてから、18になる。配のお客様がい域で、顔なじみのと言葉を交わすは、私にとって切な常の部だった。
夫の信吾は57歳。堅メーカーの営業課を務めている。
結婚して30、子どもには恵まれなかった。
それでも私は、それなりに穏やかな庭を築いてきたつもりだった。