"床下に消えた29年" 第7話
夫が証拠を消すためにをつけた能性や、何者かが遺体のをって放した能性も、最初の段階では完全には排除されていなかった。
しかし、焼け跡に残された配線と点を確認した結果、災は故に起こされたものではないと判断された。
古民の気配線は非常に古く、部は1970代から交換されていなかった。被覆が劣化した線の1本が故障し、発したが乾燥した材へ燃え移ったとみられた。
は壁の内側から根へ広がり、で建物全体を包んだ。
齢になっていた夫は煙に巻かれ、へ逃げることができなかった。彼のは、過の犯罪を隠そうとした為でも、追い詰められた末の自殺でもなかった。
単純な庭内の事故だった。
放置された線と、乾ききった造。その偶然が、夫自の命を奪い、同に彼が29く守り続けてきた秘密を暴いた。
災は建物の半を破壊した。
だが、の遺体があった空は、周囲のとい材に守られていた。妙子の遺体は炎に焼かれず、消のもほとんど届かなかった。
が燃えてくならなければ、消防士が踏み抜くこともなかった。
消防士が別の所を歩いていれば、穴のへ懐灯を向けることもなかった。いくつもの偶然がなり、は正確にの板と女性の遺体を照らした。
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を消しった炎が、そのの最も暗い部分をるみにしたのである。
夫は25以、誰にもられずに妙子の遺体と同じで暮らしていた。
隣民との接触を避け、過をる者からを隠し、板を閉ざしたまま老いていった。彼が恐れていたのは、警察の捜査だけではなかったのかもしれない。
誰かがへ入ること。
の音に違を覚えること。
古い写真や記を見つけること。
何気ない来事の1つが、彼の過へつながる能性があった。そのため夫は、をざけ、社会とのつながりを断ちながらきるしかなかった。
彼の活は自由に見えて、実際には自ら選んだ監獄だった。
かられることも、を受け入れることもできず、の秘密を守るために同じ所へ縛られ続けていた。
妙子は革ベルトでの板へ拘束されていた。
方の夫もまた、自分が犯した為によって古民かられられない状態になっていた。もちろん、2の苦しみを同じものとして語ることはできない。
妙子は選択する権利を奪われ、36歳でを終わらされた。
夫の孤独は、自らの犯罪によってまれたものだった。彼は裁かれることなく齢になるまできたが、そのを自由なものとして過ごしていたとは言い難かった。
それでも、彼が正式な責任を問われる会は失われた。
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災が秘密をらかにした、唯の容疑者である夫はすでにしていた。警察は証拠を集め、事件の全体像を示すことはできても、本を法廷へたせることはできなかった。
妙子の遺体が見つかったことは、の謎を解く結果となった。
しかし、それは同に、真実がらかになるまであまりにもいがかかったことを示していた。
1994に捜査が続けられていれば。
元夫のや転居先が詳しく調べられていれば。
妙子はもっとく発見されていた能性があった。
焼け跡につ捜査員たちは、29のい事件ファイルを見返しながら、その事実と向きうことになった。
岐阜県警察は、記、切り裂かれた写真、医療カード、戸籍資料、古民の取得記録、そしてから発見された遺体を総し、1994の事件に関する最終な見解をまとめた。
志夫は、婚した妙子への執着から彼女を追跡し、何らかの方法での古民へ連れった。そこで妙子を板へ縛りつけ、自由を奪った末にさせたと判断された。
正確な因や、妙子が拘束されていた期は特定できなかった。
夫が事に殺害まで計画していたのか、監禁に状況が変化したのかも確認できなかった。本の供述が得られない以、最まで分からない部分は残った。
それでも、妙子のが事故ではなく、夫の為によるものであることはらかだった。