"復讐とんかつの逆転便" 第1話
玄関のドアをけた瞬、堀川琢磨は息をのんだ。
配達用の紺のジャンパーを着た女性が、いビニール袋を両で差ししている。髪はろでひとつに束ねられ、化粧のい顔には隠しきれない疲れが浮かんでいた。
それでも、見違えるはずがなかった。
「……柏?」
名を呼ばれた女性の肩が、わずかに揺れた。
彼女はゆっくりと顔をげ、琢磨の目を見ると、すぐに線を落とした。
「堀川君……」
代、いつも級ブランドの鞄を持ち、数の女子徒に囲まれて歩いていた柏綾音だった。
琢磨の貧しさを笑い、教の隅でさくなっていた彼を、何度も言葉で傷つけた女である。
そんな綾音が今、油のにおいが染みついたジャンパーを着て、弁当の配達員としてをげていた。
琢磨の胸の奥に、黒く濁ったが湧きがった。
「おが配達してるのか」
声には自然と棘が混じった。
「令嬢だったおが?」
綾音は唇をきつく結んだ。琢磨を見返そうとしたものの、その目には昔のような傲さはなかった。
「……ほっといてよ」
さく答えると、綾音は袋を差しした。
「とんかつ弁当、1つ。代は注文のにもらってるから」
琢磨が袋を受け取ると、綾音はもう度をげ、にエレベーターへ向かった。
細くなった背を見送りながら、琢磨は元を歪めた。
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今度は、自分が見す番だった。
エレベーターの扉が閉まったも、琢磨は玄関にち尽くしていた。にした袋からは、揚げたてのとんかつのばしいにおいが漂っている。
い、胸の奥に押し込めてきたものが、目を覚まし始めていた。
復讐してやる。
自分がどれほどへったのか、あの女にいらせてやる。
しかし、このの琢磨はまだらなかった。
復讐のために注文した1つの弁当が、空っぽだった自分のを、根元から変えていくことを。
堀川琢磨、32歳。
社員8名ほどのさなIT企業を経営している。
3にちげた品専のECサイトが軌に乗り、現は都内のタワーマンションで暮らしていた。会社の売は順調で、経営者として業界誌に取りげられたこともある。
世から見れば、若くして成功をにした男だった。
だが、広い部に帰っても、琢磨を待つ者はいない。
蔵庫をけても、にはと調料しか入っていない。靴を脱いでも「おかえり」と言う声はなく、聞こえるのは空調設備のい唸りだけだった。
はある。
欲しいものは、ほとんど何でも買える。
それでも琢磨のは、満たされたことがなかった。
父親は、琢磨が5歳のに額の借を残して姿を消した。
残された母親は、昼は、夜はで働き、にいるはほとんどなかった。
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夕の代わりに、テーブルのへ500円玉とコンビニの袋が置かれているも珍しくなかった。
たまに母親がく帰ってくると、幼い琢磨は嬉しくて玄関までった。
だが母親は靴も脱がずに台所の壁へもたれ、疲れきった顔で座り込むことがあった。
ある夜、琢磨が何度も話しかけていると、母親は虚ろな目のまま呟いた。
「おがないのは、あんたがいるからだよ」
5歳の琢磨には、それが母親の本なのか、疲労から漏れた言葉なのか分からなかった。
ただ、自分さえいなければ母親は楽になれるのかもしれないとった。
その言葉は、何たっても消えなかった。
代、貧しさは周囲から距を置かれる理由になった。
授業参観に親が来ない。修学旅の積が払えず、担任から職員へ呼ばれる。すり減った履きと、何度洗っても落ちない染みの残った体操。
誰も骨に何かを言うわけではなかった。
それでも、琢磨の隣の席には誰も座りたがらなかった。
でも最もく記憶に刺さっているのが、柏綾音だった。
綾音の実は、都内に12舗を展するとんかつ「とんかつ柏」を経営していた。彼女は流のを着て、級ブランドの鞄を持ち、それが当然であるかのように振るっていた。
あるの昼休み、琢磨が教の隅で100円のパンをかじっていると、綾音が友たちを連れてづいてきた。
彼女は琢磨の元を瞥し、笑いながら言った。
「うちのおのとんかつ1枚で、あんたの1週分のお昼代くらいするんだよ」